ステージ4:『影』の降臨(クリフハンガー)

【ステージ3の結末】

二人の最後の一撃が、交錯する――

その、瞬間。

キィン。

場違いなほど、静かで、冷たい「音」が、二人の間に響き渡った。

玲と黒龍の動きが、同時に凍りつく。

振り下ろされたナイフが、貫こうとした貫手が、まるで分厚い氷に縫い止められたかのように、空中で停止した。

時間が、停止したかのようだった。

いや、違う。

二人の「調律者」と「武人」のクオリアが、今、この世の何よりも「異質」で、「危険」な存在の出現を、同時に感知したからだ。

それは、音ではなかった。

匂いでも、気配でもない。

世界そのもののプログラムコードが、強制的に「上書き」されるような、絶対的な「違和感」。

月明かりが、揺らいだ。

コンテナの影が、ありえない形にねじ曲がる。

空間そのものが、その「異物」の存在を拒絶するように悲鳴を上げていた。

玲と黒龍が、同時に、コンテナの上を見上げた。

そこに、「それ」は立っていた。

ボロボロのゴシックドレスに身を包んだ、一人の少女。

その顔は、ノイズ混じりのホログラムマスクで覆われている。

だが、その姿から放たれる「圧」は、ステュクスの完璧な剣技とも、黒龍の重い殺意とも、まったく異質だった。

「……なんだ……あれは……」

黒龍が、初めてその声に純粋な困惑を滲ませる。

「……エコー……」

玲の唇から、かつて『魂石の契約』の幻影で見た(あるいは、プロット案2で遭遇した)名が、かすれた声で漏れた。

だが、目の前にいる「それ」は、玲が知るどの存在とも違っていた。

「影」の上位存在が送り込んだ、対・調律者用アバター。

玲の「調律」という光(ノイズ)を消去するために最適化された、最悪の天敵。

【バトル7 vs. 最悪の天敵(エコー)】

エコーは、ただ静かに玲を見下ろしていた。

そのホログラムマスクの下で、何かが不気味に蠢いている。

(……動けない……!)

玲は、金縛りにあったように身体が動かない。

黒龍もまた、その完璧な武人の肉体を、不可視の力によって拘束されていた。

これは、物理的な拘束ではない。

精神(クオリア)そのものが、より上位の存在によって「ハッキング」され、肉体への命令系統を乗っ取られているのだ。

(……これが……「影」の、本当の力……!)

「……みつけた……」

エコーの声は、まるで何百ものラジオが同時に混線したかのように、玲の脳内に直接響き渡った。

「……わるいノイズ……。きれいにする……」

エコーは、ふわりと、まるで重力がないかのようにコンテナから飛び降り、玲の目の前に音もなく着地した。

(……今だ!)

玲は、精神の拘束に抗い、最後の力を振り絞って、自らの「調律」の力――魂の「不協和音」を、目の前のエコーに向かって放った。

ステュクスを打ち破った、渾身の一撃。

だが、エコーは、避けなかった。

その小さな身体は、玲の放ったクオリアの奔流を、まるでスポンジが水を吸い込むように、全て受け止めた。

そして、

ホログラムマスクの下で、その唇が、歪んだ三日月のように吊り上がった。

「……ありがとう……。あなたの『ノイズ』……もらった……」

次の瞬間。

玲が放った「不協和音」が、そっくりそのまま、しかし、何十倍にも増幅され、悪意に満ちた「ノイズ」として、玲の精神に跳ね返された。

――共鳴破壊(エコー・ハッキング)。

「がっ……あ……あああああああああっ!!」

玲は、声にならない悲鳴を上げた。

脳を、直接、高周波ブレードで掻き回されるような、凄まじい激痛。

自らの「力」が、自らの「魂」を、内側から破壊していく。

「調律」という最大の武器が、今、最大の弱点と化した。

玲は、膝から崩れ落ち、コンクリートの床を掻きむしる。

「……玲っ!」

黒龍が、その異様な光景に叫ぶ。

彼は、精神拘束を己の強靭な「気」で強引に引きちぎると、エコーに向かって「意拳」の最短・最速の突きを放った。

「消えろ、化物めが!」

黒龍の拳は、確実にエコーの胸を捉えるはずだった。

だが、その拳は、何の抵抗もなく、エコーの身体を「すり抜け」、背後のコンテナに叩きつけられた。

「なっ……!?」

黒龍の瞳に、初めて「不可能」という二文字が浮かぶ。

「……あなたの『音』も……うるさい……」

エコーは、黒龍を一瞥もせず、その小さな手を黒龍に向けた。

黒龍の身体が、ビクンと激しく痙攣した。

(……馬鹿な……。俺の……俺の『気』の流れが……逆流……する……!?)

エコーは、黒龍の生命エネルギーそのものである「気」の流れさえもハッキングし、その流れを強制的に逆転させたのだ。

「ぐ……お……!」

黒龍は、自らの力が制御不能になるという未知の恐怖に、膝をついた。

ステュクスをも凌駕する最強の武人が、指一本触れられることなく、無力化された。

エコーは、玲と黒龍という二人の強者を、圧倒的な力の差で蹂躙した。

これが、「影」の力。

人間が、決して超えられない「規格外」の脅威。

エコーは、苦痛に悶える玲の前に、ゆっくりと歩み寄った。

そして、その冷たい指先を、玲の額に伸ばす。

「……これで……おわり……。きれいな……『無(サイレンス)』に……してあげる……」

玲の意識が、その冷たい指先から流れ込んでくる絶対的な「虚無」に、飲み込まれようとした、その時。

【結末(新たなる介入者)】

ブツン。

テレビの電源が切れるように、エコーの動きが、不自然に停止した。

彼女の身体を覆っていたホログラムマスクのノイズが、一瞬、激しく乱れる。

「……?」

エコーが、困惑したように、自らの手を見つめた。

今、明らかに、外部から「別のハッキング」による干渉を受けた。

「……それは、困る」

冷たく、それでいてどこか芝居がかったような、新たな声が響いた。

コンテナの影から、カラスの濡れ羽色を思わせる黒いコートを翻し、一人の男が姿を現した。その背後には、彼と同じく黒で統一された装備の兵士たちが、音もなく展開している。

「……お前は……誰……?」

エコーが、初めて警戒の「音」を発する。

「私はカラス(Crow)。『故人』の意志を継ぐ者だ」

カラスと名乗る男は、苦痛に喘ぐ玲と、膝をつく黒龍を一瞥すると、皮肉げに肩をすくめた。

「『影』の犬に、『国家』の犬か。そして、傷だらけの『調律者』。……面白い。実に、面白い舞台じゃないか」

カラスは、エコーに向かって、恭しく一礼した。

「悪いが、彼女は我々が引き取らせてもらう。

――高遠 渉が遺した、最も重要な『遺産』として、ね」

玲は、遠のく意識の中、黒龍、エコー(影)、そして目的不明の協力者を名乗るカラスという、新たな三つJ巴の絶望的な渦の中心で、為す術もなく、ただ闇へと沈んでいった。

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