ステージ3:死の街(旧市街スロウタラム)

【バトル5 vs. 武装集団(シルバーウルフ)】

意識が、鉄と油の匂いと共に浮上した。

「……ん……っ……」

喉が張り付く。全身を拘束する、鈍い痛み。

玲が目を開けると、そこは薄暗いコンクリートの部屋だった。コンテナ倉庫の内側だろうか。唯一の光源である裸電球が、チカチカと不規則に瞬いている。

(……拘束……両手、両足……)

手足は、硬いワイヤーで鉄パイプ製の簡易ベッドに固定されていた。脇腹と肩の傷は、乱暴に応急処置だけが施されている。血は止まっているが、熱が酷い。

「……目が覚めたか、上玉」

下卑た声が、部屋の隅から響いた。

逆光の影から、男が一人、姿を現す。迷彩服に身を包み、その目にはバーサーカーのような狂気ではなく、獲物を値踏みする冷徹な「理性」が宿っていた。

「俺たちは『シルバーウルフ』。このスロウタラムの新しい『法』だ。お前、なかなかの上玉だ。その装備、その身体……高く売れる」

男――甲田の部下だろう――が、ナイフの切っ先で玲の頬に触れようとする。

(……CIROのエージェント『霞』を……『獲物』、ね……)

玲は、あえて意識が朦朧としているふりを続けた。

男が、玲のタクティカルベストに手を伸ばし、魂石の欠片が入ったポーチを探ろうと身を乗り出した、その瞬間。

「――寝言は、寝て言え」

玲の膝が、男の顎を跳ね上げた。

常人なら拘束を解けないワイヤーを、玲は古武術の「呼吸法」と「気の流れ」で、筋肉を極限まで弛緩させ、手首の関節を意図的にずらすことで、既に拘束から逃れていたのだ。

「がっ……!?」

顎を砕かれた男が体勢を崩す。玲は、ベッドから跳ね起きると同時に、男の手からナイフを奪い取り、その勢いのまま、男の首筋につかを叩き込む。

声なき呻きを上げ、男が崩れ落ちる。

(……武器は、ナイフ一本。体力は、三割以下……)

玲は、音もなくコンテナの扉を開けた。

外は、複数のコンテナが積み上がった、迷路のようなアジトだった。

月明かりが、武装した兵士たちの影をあちこちに映し出している。

「侵入者(イントルーダー)だ! Cブロックで反応!」

玲が男を無力化したことが、センサーか何かで即座に知れたらしい。

けたたましいアラームが鳴り響き、アジト全体が一瞬にして蜂の巣をつついたような騒ぎになる。

(……上等よ!)

もはや潜入(ステルス)ではない。

これは、CIROのエージェント「霞」としての、強行突破(サバイバル)だ。

「そこだ! 撃て!」

通路の角から現れた二人の兵士が、アサルトライフルを乱射する。

玲は、コンテナの影に身を隠しながら、銃声の「音」と、銃口の「光」で、敵の正確な位置を把握する。

(……二名。距離、15メートル)

玲は、あえて光の中にナイフを投擲した。

「うわっ!」

兵士の一人が、光るナイフに驚き、射撃を止める。

その隙を突き、玲は影から影へと疾走する。

「なっ……消え――がふっ!」

兵士の一人が、背後から首を締め上げられ、意識を刈り取られる。

もう一人が振り返った時には、玲はその兵士のライフルを奪い、その銃口を彼の額に突きつけていた。

「……動くな」

玲は、兵士を盾にしながら、アジトの出口へと進む。

次々と現れるシルバーウルフの兵士たち。

彼らは、バーサーカーのような怪物でも、ステュクスのような超人でもない。

訓練された、「人間」の兵士。

だからこそ、彼らは「数」と「連携(フォーメーション)」で、玲を確実に追い詰めていく。

「くっ……!」

玲の太腿を、流れ弾が掠める。

痛みで体勢が崩れた隙に、盾にしていた兵士を奪還される。

玲は、再び遮蔽物の影に飛び込んだ。

(……このままでは、ジリ貧……!)

玲は、奪ったライフルを構え直す。

だが、その銃口が向かう先――アジトの出口で、既に戦闘は始まっていた。

銃声と、悲鳴。

だが、それはシルバーウルフのものだけではなかった。

「……何……?」

玲がコンテナの陰から目にしたのは、一方的な「虐殺」だった。

アジトの出口を固めていたシルバーウルフの兵士たちが、黒い影のような集団によって、音もなく、そして瞬く間に無力化されていく。

その集団の中心に、あの男が立っていた。

黒い戦闘服。背中に、龍の刺繍。

「……黒龍……!」

黒龍は、玲の存在に気づくと、まるで「待っていた」とでも言うように、静かに彼女の方を向いた。

彼の部隊――「夜行衆」が、シルバーウルフの残党を冷徹に処理していく。

アジトは、一瞬にして、二人のためだけの舞台へと変貌した。

【バトル6 vs. 宿敵(黒龍) - 再戦】

月明かりが、廃墟と化した旧市街(スロウタラム)を青白く照らす。

玲と黒龍。

二人の間には、もはや邪魔者は誰もいない。

「……お前がここを脱出するルートは、三つ。全て読んでいた」

黒龍の声は、地下鉄駅で聞いた時よりも、わずかに疲労の色を滲ませていた。彼もまた、あの崩落から、無傷では済まなかったらしい。

「魂石の欠片を渡せ」

彼は、ゆっくりと玲に向かって歩み寄る。

「そして、妹・晶(ジン)を救うため、お前の『調律者』の力ももらう」

「……断る」

玲は、奪ったアサルトライフルを構える。

だが、その銃口は、疲労と負傷で微かに震えていた。

「……今の、お前に、俺が止められるか?」

黒龍の踏み込みは、もはや「速さ」を追求していなかった。

だが、その一歩一歩が、大地の重みそのもののように、玲の精神(クオリア)を圧迫する。

もはや、技の応酬ではない。

互いに満身創痍。体力は限界。

残っているのは、ただ、自らの「信念」を貫き通すという、「執念」だけ。

玲が、引き金を引いた。

乾いた銃声が響き渡る。

だが、黒龍は、その銃弾を、最小限の動きで、まるで予測していたかのように回避する。

「お前の『音』は、乱れすぎている」

黒龍の掌底が、ライフルの銃身を叩き折る。

金属が、ありえない角度で捻じ曲がった。

玲は、壊れたライフルを捨て、最後の武器――ナイフを抜き、黒龍の喉元へと突き出した。

黒龍もまた、玲の腕を掴み、その動きを封じながら、もう一方の手で玲の心臓(魂石の欠片のありか)を狙う。

泥臭い、死闘。

互いの血が、汗が、月明かりの下で飛び散る。

黒龍は、「妹を救う」という渇望が。

玲は、「渉の遺志を継ぐ」という誓いが。

限界をとっくに超えたはずの二人の身体を、無理やり動かし続けていた。

(……ここで……倒れるわけには……いかない!)

(……晶……必ず、お前を……!)

互いに、相手の守りが一瞬、崩れたのを感知した。

これが、最後の一撃。

玲は、黒龍の腕の拘束を振り切り、ナイフを逆手に持ち替え、その心臓を狙って踏み込んだ。

黒龍もまた、玲のナイフをあえて受け入れ、自らの命と引き換えに、玲の「調律」の力(クオリアの核)を破壊するための「貫手」を放った。

二人の最後の一撃が、交錯する――

その、瞬間。

キィン。

場違いなほど、静かで、冷たい「音」が、二人の間に響き渡った。

玲と黒龍の動きが、同時に凍りつく。

まるで、時間が停止したかのような、絶対的な静寂。

二人の「調律者」と「武人」のクオリアが、今、この世の何よりも「異質」で、「危険」な存在の出現を、同時に感知したからだ。

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