第10話 疚心

「まじ?ヤッた?」


仕事終わりの夜、

電話の向こうから

聞きなれた声がする。


親友の林だ。


「いや、普通にご飯作って一緒に食べて寝ただけで、飲みすぎてあんま覚えてないんだよね」


僕は答えた。


林とは高校からの仲で

男の欲望を具現化したような男だ。


高校時代は、

「この映画、あの女優の“あそこがちょっとだけ見えるらしい”」という

くだらない理由だけでDVDを2人で借りて、

林の家で明け方まで語り合った。


そんなthe高校生男児な行いと

同じ部活で汗を流し、

気づけば"親友"となっていた。


職業バーテンダー。

顔も良い。

歌も上手い。

モテる。


いつも人々の中心にいる。

僕とは正反対の太陽のようなやつだ。


「で、どーすんの?お前二股とかできないでしょ?サキさんと別れるの?」


林は今僕が1番突かれたくないところを突いてきた。


彼のこのようなはっきり物事を言うところがとても好きだ。


「別れるとかはまだそこまで考えられてないけど、

一回サキさんに嘘付かれてからサキさんのこと信じられないし、

多分これからも一生信じることはできないと思う」


僕はそう答えた後に

言うか言わぬか迷った末に

こう続けた。


「……けど、明らかに昨日の子に惹かれている自分がいるのは確か」



「じゃあもう答え出てるんじゃない?」

林は迷いなく言う。


「俺はその裏切りがある前から言ってたよな?

サキさんと付き合ってても

お前は絶対幸せにならん。


言った通りだったろ。


だから今は惹かれてる気持ちを大事にして

どっちが正解とかはないから、

お前がしたいようにしたらいいと思うし、

お前なら大丈夫なんとかなる」


林の言う、

『お前なら大丈夫』に

何度助けられ、勇気付けられてきた人生であろうかと

そんな友達を持てたことに

感謝しながら電話を切った。

ポケットに携帯を戻し

自転車に跨り帰路につく。


すると、誰かからの通知に

ポケットが揺れた。



ーーーーー



「今日は私がご飯作ったから食べて」


久しぶりに聞くサキの声だった。


彼女が作ったオムライスには

ケチャップで

"だいすき"の文字。


メイドカフェにでも来たような気分だ。



「ありがとう!

なんかすごいね。

食べるのドキドキするわ」


このドキドキは昨日の音葉との時間とは全く別物のドキドキであった。


昨日のことが勘付かれていないか

そればかりが気になってしまう。


オムライスは罪悪感の味がした。


"だいすき"の文字をいち早く

視界から無くすため急いで食べた。


サキに嘘をつかれていたが

僕も昨日は同じことをしたんだと。



"相手がついたであろう嘘と

同じことをすれば

悩みすぎる自分のメンタルを

フラットにすることができる"


そう考えていた僕だったが

フラットになるどころか、


ガタガタの山道をブレーキの

壊れた自転車で下っている。


止まりたくても、止まれない。


そんな気分だ。

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