第11話 反鏡
「ごちそうさま、おいしかった」
オムライスを食べ終わった僕は
サキの何だ言いたげな視線に気が付いた。
「レンはさ、私のこと好き?」
サキの唐突な問いに、
反射的に
「好きだよ」
と彼女からの真っ直ぐな視線を
遮るように眉間をかきながら答えた。
「ほんとに?
あんまり最近会ってくれないからさ、
ーーー少し心配してたんだ。
まだ信じてくれてないのはわかってるけどほんとに何もなかったの。」
サキのこの言葉に対して
僕は唸りながら言った
「んーーー、ごめん。。
今もあの日何もなかったっていうのも信じてないし、
これから先も100%信じるのは無理だと思う」
嘘のない本音だった。
「そっか、そうだよね、ごめん。
でも、もうちゃんとするから
だから別れようとかは言わないで」
サキは大きな瞳に涙を浮かべながら
揺れた声でそう言った。
「ごめんね。
ーーーちょっと洗い物しちゃうね。」
僕はキッチンへ空になった皿を持って向かった。
どうにも気持ちの整理がつかない。
サキとの出会いは高校生の時、
部活の二つ上のマネージャーだった。
高校時代は深く関わる事なく
部活仲間としての関係で
それ以上でもそれ以下でもなかった。
僕が一方的に
back numberの
"高嶺の花子さん"
を聴きながらサキを眺めていただけだった。
ただ好きであったわけではなく
手の届かない存在としての
美しさを当時は感じていた。
それが上京してから
たまたま居酒屋で再会し
気づけば並んで歩くようになった。
人生何が起こるか分からないものだ。
あの時の再会がなければ今の僕たちの関係もない。
付き合いたての頃は
世界の全て手に入れたような
錯覚をするほどに
幸せな気分だった。
恋も仕事も未来も全てうまくいく気がしていた。
それからいろいろな思い出を一緒に作ってきた。
それを今、
簡単に断ち切れるほどに
僕はまだ、強くなかった。
僕は昔から恋愛と仕事を分けられないタイプだった。
どちらかが揺れると
もう片方も揺れる。
そして今揺れている。
音葉との出会いがなければ
自分が自分でなくなってしまっていただろう。
逆に音葉との出会いが新しい自分を作ろうとしていることにも気づいた。
スポンジに洗剤をかけて
スポンジを泡立てる。
スポンジを握れば握るほどにどんどん泡が立っていく。
まるでーーーー
音葉のことを知れば知るほどに
膨らんでいくこの気持ちのように。
食器を流す水道の音だけが
部屋に響いている。
洗い物を終えて部屋に戻る。
「あー、たくさん食べた!
お腹いっぱい!
ありがとね!」
さっきの会話がなかったかのようにしてしまう。
今日もまた答えを出せぬまま
向き合おうとするサキの気持ちから目を逸らし、自分の気持ちからも逃げることでその場をそっとやり過ごした。
なんでもない夜を装いながら
心の中では気持ちはもう動き始めていた。
窓の外は強い風の音と
それに揺らされる木の葉で
支配されていた。
ーーーー
翌朝。
唇に柔らかいものが当たる感触で目が覚める。
「おはよう。レン。」
サキがいつもと変わらない声で言う。
僕もいつもと変わらない声で返した。
「おはよう。」
いつもの会話。
いつもの朝。
今日は久しぶりに
雲ひとつない青空が広がっていた。
澄んでいて、まっすぐで、ただ綺麗な空だ。
まるで、天と地ほどの差。
濁って揺れた僕の心とは、正反対だった。
その空は、僕の内側を
ただ静かに映している鏡のようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます