第9話 塘蒿
一口含んだ瞬間に青い香りが
口いっぱいに広がる。
今日までセロリに対しては好きも嫌いもなんとも思っていなかった。
後からセロリと合わせたキムチの辛さが追いかけてくる。
その他鶏肉をトマトで煮てみたり
なんか料理しました感を
強めたものを作ってみたりした。
食べながら飲みながら、他愛もない話をしながら時間が過ぎていく。
仕事の連絡を返すふりをして
セロリについて調べてみる。
気になっている人の好きなものは深く知ってみたくなる。
そこでセロリにも花言葉があるのを初めて知った。
セロリの花言葉ーー
「真実の愛」、「会える幸せ」
「渇望」、「超能力」
誰かの見えない力で引き寄せられたように彼女との間には、幾つもの偶然が重なっていた。
その全部を、セロリの花言葉が言い当てているかのようだった。
いや、きっとそうであって欲しいとさえ思ってしまった。
なんの変哲もない花言葉であれば
"セロリにも花言葉あるんだってー"
などと言って話の種にできるのだが。
これを話の種にしたら
初めて会った時に
"ロマンチストをかます痛いやつ"
と思われる可能性がある。
まだ関係は浅いが
大事に積み上げて育ててきた
ものが
"ロマンチック"に全て攫われてしまうのだけは避けたい。
だから、この花言葉は胸にしまっておくことにした。
この胸に秘めた"ロマンチック"
でいつか僕が彼女を攫いたい。
味以外はまだ好きになれない
セロリの花言葉を使って。
そんな戯言を頭の中で考えながら
ケータイの画面を伏せた。
ーーーーーー
話が盛り上がり、お酒も進んだ
その倍以上のスピードで
時計の針も進んでいた。
深夜のバラエティも終わり
花より男子の再放送がやっていた。
どうにも今日は
"ロマンチック"が僕達を
監視しているようだ。
「外でタバコ吸ってくるね」
その監視から逃げるように
僕は外へ向かおうとした。
「あ、その洗濯機の近くの換気扇の下で吸っていいよ」
そう優しく言ってくれた彼女の
顔はお酒で赤く染まっていた。
「タバコ吸ってるの見るの好きなんだよね」
そう言った彼女の視線と
視線が重なる。
なんだかそう言われると
呼吸が浅くなってうまく吸えない。
「そーなんだ」
換気扇の方に煙を吐くふりをして
呼吸を整える。
僕はお酒を飲むととてつもなく顔が赤くなるタイプなので
表情的には誤魔化しが効くので
そこだけは助かった。
ありがとう体質。
「シャワー借りてもいい?」
僕は逃げるようにお風呂場へ向かった。
シャワーを浴びながら
"タバコを吸ってるのを見るのが好き"
その一言になんとなく引っかかりを覚えていたがシャワーのお湯と共に
そんな引っかかりも洗い流した。
「ありがとう!めっちゃさっぱりした!」
僕がシャワーから上がると
「じゃあ今度私入ってくるね」
彼女はそう言うと足早に浴室へと向かっていった。
シャワーの音が遠くなっていった。
気が付くとドライヤーの音と
髪を乾かしている彼女がいた。
どれくらい寝てしまっていたのだろうか。
シャワーを浴びている彼女に対して変な妄想をしてしまう時間がなくなったのは正直助かった。
---はずだった。
なぜ濡れた髪の女性は
こうも色っぽく見えるのだろうか。
これは人類の謎である。
ソファで寝ようとする僕を
気遣った彼女は、
「そこだと体痛くなるから、布団半分こしよう」
そう言ってくれた。
シングルベッドを2人で分け合った。
ーーーーーー
どこだ、ここは。知らない天井だ。
横を見ると静かに寝息を立てている
八百屋の子の姿があった。
あ、そうか昨日は
音葉の家に来ていたんだ。
脳が状況を理解した途端に
昨日の夜が頭を巡った。
それを遮るようにケータイのアラームが鳴った。
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