第1話 出会い
朝の通勤路を、自転車でゆっくりと走る。
普段なら混み合うはずの交差点も、最近はやけに静かだ。
聞こえるのは、自分のペダルの音と、遠くの大型電光掲示板の音だけ。
人影のまばらなオフィス街を抜けるたび、ここが東京だということを忘れてしまいそうだ。
「佐藤さ、ちょっとこれ買ってきてくれない?」
オーナーシェフに頼まれ
いつもの八百屋さんへと向かう。
街からスーツを着た人が
いなくなってからよく行くようになった。
この辺りでは1番大きな八百屋である。
メモを頼りに買い出しを済ましレジに並ぶと、初めて見る初心者マークを付けた女の子がいた。
おそらく大学生くらいであろう。
綺麗なキューティクルを纏った黒髪ミディアムの女の子である。
熱心にメモを取りながらレジ操作を習っていた。
「自分にもあんな頃があったなー」
と懐かしさを感じながら心からの応援を心で唱えた。
買い出しを済ませ八百屋を出て3歩。
領収書をもらい忘れたのに気づいた。
いつもなら忘れないのに、
レジに並ぶ前までは覚えていたのに。
それは僕が鶏並みの記憶力しかないから。
ではなく、レジに並んだ時から初心者マークを付けた女の子のことばかり考えさせられていたからである。
断じて僕のせいではない。
魅力はある意味、罪、である。
店内に戻り店員さんに声をかけようと見回すとレジに忙しそうなベテランさんと
その子しかいなかった。
「領収書ならかけますよ」
その子からの一言。
僕は運が良かった。
レジが忙しくなければきっとベテランさんにお願いしていたことだろう。
領収書を書く白く細い指に見惚れていた。
宛名を聞かれたので
「はち谷でお願いします、
はち
がひらがなで
やが谷間の谷です。」
領収書をもらいながら
谷間の谷ってあんま良くなかったかななど
少しの反省をしながら八百屋を出た。
この日がその子と初めて出会った日になった。
この時の僕はまだその子とあんな関係になるとは思ってもいなかった。
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