客人 厄…強火ファン⑤

「ふむ。久しぶりだが問題ないな」

「あらやだ声までイケメン……!!」


 両手を口に当て歓喜する坊野。何だか乙女チックだな。

 しかし、


(容姿を褒められて喜ばしく思うとはな)


 女でも男でも下卑た視線を向けて来る者らは居た。

 そいつらも外見を評価してはいるのだが不快感しかない。なのでキッチリと躾てやった。

 坊野の視線に不快感を覚えないのは色欲が混ざっていないのもあるが、


(彼の人柄だろうな)


 やはり友人になりたいな。


「ああそうだ。格好はこのままで良いのかね? 希望があれば着替え」

「ホントか!? じゃあこれおなしゃす!!」


 食い気味に差し出されたのは学生服だった。

 改めて思うがマヨヒガの物質生成速度は異常だな。私でも視認出来なかった。

 主たる坊野の思考を読み取っているのだろうか?


「着替えるから少し待って……どうせなら裸も見せた方が良いか?」

「見せてくれたら嬉しいが女性にそんなことは頼めんよ」


 本来の性別は女であるというところに気を遣ってくれたか。

 浮かれてはいても大切なことは忘れない――うむ、悪くない。


「無用の気遣いだ。女ではあるが誰恥じぬ体をしているという自負があるのでな」


 流石に公衆の面前で脱ぐような真似はしない。公序良俗に反するからな。

 しかし坊野ぐらいしか人目がないのならば構わないだろう。


「おぉ……すげえ筋肉。服の上からだと細身に見えたがこれはまた」

「そういう君はどうなんだ? 年齢的にそろそろ意識して鍛えた方が良い頃合いだろう」


 標準的な体型ではあるのだろう。

 しかし運動はまるでしていないように見受けられる。

 そうなると三十を超えてからは体も崩れ出すだろう。そうなる前に手を打つべきだ。


「は、はは……仰る通りだ。うん、三十とかもう間近だもんなあ」


 助言ありがとうと感謝を伝えられる。

 うむ。良好なコミュニケーションが取れているな。やはり私に問題はなかったようだ。


「着替え終えたが場所はここで良いのか? アトリエのような場所があるならそこに移るが」

「ああ。このために用意してある。こっちだ」


 二人で部屋を出て新たに増設されたというアトリエに向かった。


「ポーズとか指定しても大丈夫かい?」

「構わんよ。何時間だろうが微動だにせずモデルを全うしようではないか」

「いやそこまで無茶は言わないから……」

「それぐらいは出来るから遠慮はするなということだよ」

「ありがとう。じゃあまずは」


 片膝を抱えて座り顔を腕に乗せて欲しい。

 そういうオーダーが飛んで来たのでその通りにする。

 坊野は満足げに頷くと早速スケッチブックに鉛筆を走らせ始めた。


「ところでここでの暮らしに不自由はないかい?」

「問題ない。最初は戸惑ったが今は変わり種のバカンスと思い楽しませてもらっている」

「それは良かった」


 絵を描いている間は会話もないと思っていたがそうではないらしい。

 喋りながらでも描けるタイプのようだ。


(そういうことなら……いやまだ早いか)


 少女漫画の話題を振ろうと思ったが踏み止まる。

 正直、語り出せばかなりの熱量になることが予想されるからだ。

 私と彼の間に温度差があるならさぞお寒いことになってしまう。

 徐々に探ってどんなものかを見極めた上で適切な熱量で話を振らねばな。


「時に私からも良いかね?」


 なので別の気になっていた話を振ってみることにした。


「んー?」

「君は祖父からマヨヒガを相続したと言っていたが相違ないか?」

「ああ。それが?」

「ふむ……いや、どんな御仁だったのかと思ってな」

「ああ。やっぱ君もそこらは気になるか」


 君“も”、か。

 こちら側の人間であるもう一人の客人も同じことを聞いていたらしい。

 だがそれも当然だ。

 一般人が空想とラベルを貼っているようなものも世界の裏側には多々存在している。


(……だが、全てが全て存在しているというわけでもない)


 同じ遠野物語から引用するのであれば河童や座敷童。これらは存在するものだ。

 しかしマヨヒガというものは伝承で語られはしても確度の高い記録としては残っていない。

 それらの伝承が仮に事実だとしてその背景は酷く曖昧だ。

 誰かが造ったものなのか、或いは現象に近いようなものなのか。

 坊野の祖父は古くから存在するマヨヒガを何らかの手段で手に入れ相続させたのか。

 それとも自分の手でマヨヒガと呼ぶに相応しい性質を備えた異界を創り上げそれを譲ったのか。

 気になる点は多々ある。


「少なくとも俺の知る限りでは普通の人だったように思う」


 こんなものを所持してた時点で普通とは言えないがと坊野は苦笑する。


「優しい人だったよ。俺がやらかして凹んだ時も何も言わず傍に寄り添ってくれてた」

「……良いお爺さんだったのだな」

「ああ。だがまあ、血の繋がりはないんだけどな」


 曰く、母方の祖母の前夫はそれはもう酷い男だったらしい。

 酔って暴れて妻どころか子供にまで暴力を振るっていたのだという。


「もう耐えられねえってんで婆さんはお袋連れて山で心中しようとしてたらしいんだわ」

「ひょっとして」

「そう。それを助けたのが俺にマヨヒガを相続してくれた爺さんさ」


 当時、坊野の祖父は山で自給自足の暮らしをしていたという。

 そこに只事ではない様子の親子がやって来てこれはいかんと家に招き入れたらしい。

 事情を聞いた彼はしばらくここで暮らすと良いと親子を保護した。


「それでまあ、一ヵ月か二ヵ月ぐらいか。婆さんらの精神状況が良くなったところでこう言ったらしい」


 “もう大丈夫”と。そして実際、その通りになった。

 付き添われて山を降りるとトントン拍子で離婚は成立。

 当時の価値観においては風当りが強くなりそうだがそれもなし。

 むしろ皆が母子を助けてくれたそうな。


「んでまあ恩義を感じた婆さんがお袋連れてちょこちょこ山に通ってる内に……って感じ」

「ほう」


 マヨヒガ関連の情報は何も出て来なかったがぶっちゃけもうどうでも良かった。

 そっちよりも、だ。私の感性は確かにそれを嗅ぎ取っていた。

 ちょこちょこ山に通ってる内に――ここにかなり糖度の高い恋の話が潜んでいると。


(き、聞きたい。かなり聞きたい。いやだがこの流れで聞けるか……?)


 マヨヒガについて少しでも情報を得るという真面目な題目は坊野にも伝わっていたはずだ。

 だというのにそこはもうどうでも良いから恋の話を聞かせてくれとは言えないだろう。


(何て、何てもどかしいッッ!!)


 結局、何も聞けないまま一日が終わってしまった。

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