客人 厄…強火ファン⑥
「よっ! 暇ならちょいと付き合ってくれねえか?」
「構わんよ」
早朝、坊野が部屋を訪ねて来た。
モデルを務めてから数日。あれで心の距離がかなり近付いたのか彼は気安く声をかけてくれるようになった。
「今日は何を?」
「ああ。念じれば飯は出て来るがそれじゃ味気ないだろ?」
いや別にそうは思わないが。
そう言いかけたが空気を読んで言葉を飲み込む。
私は気遣いの出来る女だからな。楽しそうにしているところに水を差すこともあるまい。
「折角山に居るんだ。自分の手で食材ゲットして自分の手で調理するのも乙じゃないか?」
子供のように笑う坊野に私も自然と笑みが浮かんだ。
「なるほど。料理の経験はないので足を引っ張るかもしれんが良いかね?」
「俺だってそう誇れるような腕でもないさ。大丈夫、こういうのは雰囲気で幾らか底上げ出来っから」
「そういうものか。山を散策するなら着替えた方が良いな」
私の身体能力であれば浴衣であろうと山を散策するのに支障はないが気分の問題だ。
浴衣を脱ぎ捨てマヨヒガが形成してくれた運動着に袖を通す。
「……いきなり脱ぐなよ焦るだろ」
「いや何構わんとも。見られたところで問題はない体をしている自負があるからな」
「えぇ……?」
さあ行こうと坊野の背を叩き二人で宿を後にする。
向かったのは川。渓流釣りをするらしい。
「手際が良いな」
「ああ。これも爺さんに仕込まれたんでね」
ほい、と餌をつけた竹の釣り竿を手渡される。
さて……釣りなど初めての経験だが上手くいくかな?
マヨヒガの設定を弄れば入れ食い状態に出来るだろう。
だがそんなつまらないことを坊野がするとは思えないので純粋な技術で勝負するしかない。
(しかしつくづく出鱈目だな。生物の創造まで可能としているのだから)
マヨヒガ内限定とはいえ最早それは神の御業だ。
(ほう?)
隣で釣り糸を垂らす坊野に軽い驚きを覚える。
坊野の存在感が薄れたのだ。
(……なるほど。魚に気取られぬよう完全に気配を消すのは違うということか)
完全な空白は逆に違和感を生じさせる。
己を残しつつ溶け込むのがコツと見た。
模倣させてもらうとしよう。この程度ならば問題なくやれる。
「そういや宿に娯楽室設置してるんだけどさ」
「!」
これは……流れが来ているのでは?
「祓主は何かこれ仕入れて欲しいとかあるかい?」
あそこにあるのは自分の趣味の産物。
私にはイマイチなものばかりだろうと坊野は言う。
「……いやそんなことはないとも。楽しませてもらっているからね」
「え、マジ? 利用してたの? 君が楽しめるものとかあった?」
あちらも鈍いわけではない。
私が相応の家の生まれであることを察していたからそう思ったのだろう。
……まあ実際、リトルレディ先生の作品に出会わねば漫画を嗜むこともなかったろうが。
「あるとも。君からすれば意外かもしれないが漫画なども普通に読むよ」
よし、ここで一気に攻めるとしよう。
「何なら娯楽室には私の好きな作品も多々置いてあったぞ」
「マジか。え、何? どれ?」
釣れた! 魚は釣れないが坊野が釣れた!
浮つく心中を察せられないよう取り繕いつつ私はタイトルを述べていく。
そうして一通り挙げ終えると、
「やるじゃねえか祓主!!」
まさかまさかの大歓喜。
「お前それ出来る人間のラインナップだぞオイ!!」
君からお前と言葉もかなり砕けている。今、グッと心の距離が近付いたのは明白だ。
この熱量。間違いない。語れる。私と同程度の熱で!
「気が合うな。私も本棚のラインナップを見た時、君をそう評価したぞ」
「アハハ! マジか! え、じゃあさあ」
そうして始まる少女漫画談義。
思う存分、互いの好きをぶつけ合ったのだが驚くほどに気が合う。
彼が良いと思うところは私も良いと思うしその逆も然り。
「なあなあ祓主。ここ三、四年ぐらいで新しく始まったので何かおススメあるかい?」
「幾つかあるが……新規開拓はしていないのかね?」
意外だった。
これほどの少女漫画好きだ。常にアンテナを広げていると思っていた。
「恥ずかしい話だが新卒で入った会社がちょっとアレでさあ」
溜息交じりに事情を語ってくれた。
(身の丈に合わない利益を求めて社員を酷使する経営者……屑だな)
間引き対象だ。
「お陰で読むのも描くのも全然でさあ」
「なる――――うん? 描く?」
「あ、いや……その」
まさか供給側でもあるのか?
私が興味津々ですといった視線を向けると根負けした坊野は少しバツが悪そうに語り始めた。
「……プロじゃねえぞ? 趣味で少女漫画描いてるんだよ。いわゆる同人活動ってやつ」
「ほほう?」
同人関連の話もいけるならリトルレディ先生の話題も振れるな。
坊野の話が一段落したら話を振ってみよう。
「お前にモデルしてもらったじゃん? あれも実は新作のためなんだわ」
曰く、随分とご無沙汰だったから久しぶりに一冊出そうと思ったそうな。
マヨヒガという時間の制約がない場所もあるのだし思う存分創作活動に励めると。
「でも、描けない……! ネタが、浮かばねえ……!!」
「お、おぉぅ」
私はあくまで消費する側。生みの苦しみは分からない。
だが坊野の表情を見ればどれだけ大変なことかはある程度察しもつく。
「昔は違ったんだよ! ふとした瞬間にネタが思い浮かんでそれをメモしてさあ!!」
ますますブラック経営者の罪が加算されていくな。
私が間引き計画を発動した際はかなり厳しめの査定で弾かねばならんか。
「ただまあ、ネタ自体は思い浮かんだのよ」
「良かったな」
「おう。よくある俺様系ね」
「ふむ。古くから親しまれるキャラ属性だな」
「そう! 尊大で何でも出来るイケメンが自分にだけは対応違うって良いよね……」
「良い」
平凡な主人公のことなんか有象無象の一つでしかないと思っているのだ。
だが何かの切っ掛けで見るべきものがあると判断してからは徐々にという感じらしい。
分かる。分かるぞ坊野。諸手を挙げて賛同を示そうではないか。
「ただ話は思い浮かんでもキャラデザで詰まってな」
「上手くいかんものだ」
「ところがどっこい! そこにお前が現れたのさ!!」
「私?」
「分かり易い俺様ではないが尊大な感じのどえりゃあ美形!!」
「……私、尊大か?」
「うん。今だから言うけどお前わりと態度カスだぞ」
え、と言葉を失う私に坊野は言う。
「ナチュラルに上からなんだよな。悪くない悪くないつってな」
自分は評価する側、相手を下に見ているとしか思えないとのこと。
「まあ悪意がないのは分かってたから不快ではなかったけどさ」
それで微妙に距離を取っていたのだという。
正直かなりショックだ。だって問題は私にあったということだから……。
「……すまない」
「良いよ良いよ。こうして話せる奴だって分かったしな」
それで、だと坊野は楽し気に続ける。
「お前を性転換させりゃ良い感じになるんじゃないかと思ったわけ」
「私をモチーフにしたデザインのキャラクターか」
未だショックはあるがかなり嬉しい。
「既に完成しているのか? もしそうなら見てみたいのだが」
「まだ候補を幾つかってところだがそれでも良いなら宿に戻ったら見せてやるよ」
「ありがたい!」
「まあでもその前に釣りだ釣り。はしゃぎ過ぎて全然かかんねえでやんの」
「はは、確かに少々我を忘れ過ぎたな」
互いに笑い合う。
問題に気付けただけ良しとしよう。坊野とも仲良くなれたのだしな。
「っし。じゃあこっからは本腰入れて釣ろうぜ」
「そうだな」
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