客人 厄…強火ファン④

「クソッ何故だ……何故、距離が縮まらん……」


 マヨヒガに囚われてから十日ほどが経った。

 管理者坊野と私は未だ、距離のある他人同士の関係を脱却出来ていなかった。

 好きな作品について語り合いたい。

 そして同人もアリならリトルレディ先生の作品も布教したい。

 が、


『……いやだがいきなりこの漫画良いよな、などと話を振られてもあちらとて困惑するだろう』


 当人が気にしていないとはいえ初対面で威圧もしていたのだ。

 そんな輩にいきなり漫画の話をされたら普通は何かあるのかと勘繰ってしまうだろう。

 そう考えて段階を踏むことにした。それで私なりにちょこちょこと話かけているのだが、


『あ、うん』


 と反応は芳しくない。

 最初に提示されたモデルの件についても未だ音沙汰なし。

 私の発言に何か問題でもあったのか? 思い返してみても心当たりはない。


「……待てよ」


 ふと気付く。

 ひょっとして、


「――――私的な人間関係を築こうなどと思ったのはこれが初めてでは?」


 発言を思い返してみても問題は見当たらなかった。

 しかし私という人間を人生を振り返ると致命的な問題に辿り着いてしまった。

 私は祓主の家を継ぐ者として、霊的守護を担う防人として育てられて来た。

 “友人”を作ろうと思ったことなどただの一度もありはしないのだ。


「……」


 冷や汗が頬を伝う。

 真っ当な人間関係を知らぬ者がコミュニケーションの問題などに気付けるだろうか?

 一般人である坊野に退魔の心得は何かと聞いてもきっと答えられない。それと同じだ。


「なんという」


 正直、ショックを受けている。

 これまでの人生で一度も私的な交流を行う人間を必要としたことがない。

 こんなことがあり得るのか? どれだけ寂しい人生を送っているというのだ私は。

 その寂しいというのも客観的に見てそうだろうというだけで実感はない。

 これは中々に重篤なことではなかろうか。


「人の営みに価値を見出していない人間ならともかく」


 私はそうではない。

 もし無価値だと断じているのなら自らが女であることを思い出し安堵するものか。

 創作物の中とはいえ男女のもどかしい恋模様に胸躍らせるものか。

 つまるところ一個人としての私が必要とする人間に出会うことなくここまで来てしまったというわけだ。


「……い、いやまだ間に合う」


 何せここに来て私は坊野という語らいたいと思える同好の士に巡り合えたのだから。

 であればまだまだ取返しはつくということ。

 ではどうやって坊野と仲良く――――


「堂々巡りではないか!!」


 結局スタート地点に戻ってしまう絶望感。

 わなわなと打ちひしがれていると部屋の戸が遠慮がちに叩かれた。

 誰がなどというのは考えるまでもなく坊野だ。

 今会うのは精神的にキツイものがあるが……折角あちらから訪ねてくれたのだ。

 この機を逃すわけにもはいくまい。


「や。今、忙しかったかい?」

「そんなことはないさ。お陰様で職務からも解放されているからな。むしろ暇なぐらいだ」


 戸を開けると遠慮がちにそう言われたので気遣う必要はないと言っておく。


「そ、そうか。じゃあ前頼んだモデルの件、お願いして良いかい?」


 そろそろ落ち着いた頃合いかと思い訪ねて来たのだという。

 ……ひょっとしてあれか?

 どこか反応が芳しくなかったのは私に気を遣っていたのか?

 こんな場所に軟禁されてしまい動揺しているだろうと。


(フッ、無用な気遣いだが……まあ、善意ならば仕方あるまい)


 何にせよ私に問題はなかったということだ。

 まあ私が必要とする人間に出会えないままここまで来たという事実は変わらんがな。


「構わんよ」

「ありがとう! それでその、始める前に言っておくことがあってさ」

「何かね?」

「あー……初対面の時に、男前って言ったの覚えてるかな?」

「ああ。言われたな」


 女だと言ったらそういうことではないとよく分からないまま誤魔化されたな。


「あんなこと言ったのには理由があってさ」


 曰く、私を見て私が男だったらという空想をしたのだという。


「もし祓主が男ならドエライ美男子だろうなって」

「なるほど……いや何故、男性化させる?」

「あー、これはちょっとした趣向というか人物画を描く時はそのままと性別を反転させたのを描くんだ」


 こんな感じで、と彼はスケッチブックの中身を見せてくれた。

 そこには一人の女が描かれているが……。


「これは君か?」

「お、分かった?」

「ああ。取り立てて特徴のない平凡な容姿だが不思議とそうだと思わされた」

「……」


 一見すれば目の前に居る男とはまるで似ていない。

 性別を反転させると言っても坊野の顔にそのまま女の体をくっつけても上手くはいかないだろう。

 特別、優れた容姿ならばそれだけで通用するかもしれないが彼はそうではない。

 にも関わらず私が坊野の女体化だと気付けたのは反転する際のパーツの変換が巧だからだろう。


「これが画力というものなのかな? 何にせよ悪くない」

「そ、そうか。ありがとう」

「何、純粋な評価を述べたまでだ。しかしそうか。そういうことであれば」


 元々忌まわしい悪習として破棄するつもりだったのだ。

 こういう使い方をするのは初めてだが別に構うまい。


「お、おい祓主?」


 突然親指の腹を噛み千切った私にギョッとするが心配は要らない。

 大丈夫と一言告げて親指を畳に押し付けると召喚陣が形成された。

 どうやらここでも呼び出すことは出来るらしい。


「!」


 着流しを纏った男が突如出現したことに坊野は驚愕しているらしい。


「こ、これは……」

「私の男性体だ」

「は?」

「君も何となく察してはいるだろうが明言しておこう。私は特殊な身の上でな」

「あ、ああ。その、何だ。オカルト的な力を使う人なんだろうなってのは予想してた」


 やはりか。私の見立ては当たっていたようだ。


「それゆえ時々、男の体に入って活動することもあるのだよ」

「ど、どんなシチュエーション?」

「扱う術の中には男の方がより効果を発揮するものなどが存在するのさ」


 と嘘ではないが真実でもない理由を告げるとそういうものかと納得してくれた。

 ……それもまた用途の一つではあるが私には必要のないこと。

 くだらない本命は別にあるがそこを語るつもりは毛頭ない。


「言っておくが元の性別は女だ。そこは勘違いしてくれるなよ」

「……ああ。分かった」


 思わず剣呑な空気を発してしまいしまったと思うが坊野はやはり怖じることはなかった。

 むしろ何かを察したのか神妙な顔で頷いてくれた。

 空気が読めるのは悪くない。評価点だ。


「というわけでこれに入ってモデルをしようと思うがどうだろう?」

「――――是非ともよろしくお願い致します」


 それはもう美しい土下座だった。

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