客人 厄…強火ファン③
「ところでお客様のご様子はどんな感じなのかしら?」
深夜。俺の部屋で二人、ゲームをしていたらテュポーンが唐突にそう切り出した。
いや唐突ではないか。出会うことはないが彼女も祓主の気配は感じていたようだし。
俺がある程度祓主を見極めるタイミングを窺っていたのだろう。
「とりあえずテュポーンみたいな限界OL感は微塵もないな」
「それは何よりだけどやっぱりその形容もにょもにょするわね」
これでも人類を滅ぼす怪物のつもりだったのだけれど。
そうぼやくテュポーンだがしょうがないだろう。第一印象マジでそれだったんだから。
「後はそうだなあ」
祓主がマヨヒガを訪れてから十日。
頻繁にというわけではないがそれなりに言葉も交わしている。
その上で俺が思ったのは、
「何だろ。あの子、ナチュラルに上から目線で生きてるんだなって」
「ほほう?」
いや初対面の時からそんな節はあったんだけどさ。
恥じ入る心があるのならば君は上等な人間だ悲観するなとか言われたし。
ただ常時あんな感じだとは思わないじゃん。
例えばマヨヒガを訪れた翌日のことだ。
よく眠れたかな? 不自由はないかな? と思い祓主の部屋を訪ねると、
『そう言えば君を絵を嗜んでいるのだったか? 悪くない趣味だ』
軽い雑談の中でそんなことを言われた。
他にも別の日、
『このマヨヒガの環境は君が整えたのだったか? 悪くない感性だ』
とか言われた。
「何かっつーとこっちを評価して来るんだよ」
ここでポイントになるのが“悪くない”。“良い”ではなく悪くない。
ちょっとしたニュアンスの違いだが対人関係においてこれは結構大きいと思うんだよな。
「まあ、そうねえ。良いねはこちらと同じ視線の高さな感じがするけど悪くないはちょっと鼻につくわ」
「そう!」
一度二度ならともかく意識するぐらいには連呼されてるんだよ。
じゃあ嫌な奴かって言われたらそれも違う。まるで悪意がないのだ。
いや悪意がないなら上から物言って良いかって言われたらそれは別の話だけど。
「又聞きの印象だけど祓主さんは高貴なお家の生まれなのかもね」
「あ、それは俺も思った」
人の上に立つ者の貫禄のようなものはテュポーンにもある。
心身共に老いから遠ざかっていて基本はいたいけな童女のようだが経験だろうな。
責任感と共に人を率いていた日々が統率者としての風格を身に着けさせた。
だがそれはある程度、育ってから後付けで追加されたもの。
一方の祓主は生来の気質とそういう教育を受けて来たがゆえのものに感じるのだ。
「でしょう? だから、なのかしらね。多分一般的な対人関係を築くのが苦手なんだと思うわ」
そしてテュポーンは俺の目を見つめこう続けた。
「私の所感だけど彼女はおじさまと仲良くなりたいのではないかしら?」
「えぇ?」
「意識せざるを得ないぐらい“悪くない”を聞いているってことはよ?」
祓主視点でそれだけ俺を褒めているということなのでは?
テュポーンにそう指摘され俺はなるほどと思った。
祓主の置かれた状況を考えるとわざわざ俺の趣味やらを褒める理由ねえもんな。
よいしょして何になるんだっつー話だし。
だが、
「それはそれで何で急に仲良くなりたいと思ったかわっかんねえなあ」
祓主的グッドコミュニケーションが始まったのはマヨヒガに来た翌日からだ。
俺から話しかけに行くまでは事務的な会話しかしてなかったぞ。
俺の疑問にテュポーンはそこは私にも分からないと言った上でこう続けた。
「けどおじさまは上から物を言われても不快感は覚えなかったのでしょう?」
「ああ」
「ならおじさまからも歩み寄ってみては如何?」
「まあそうだな」
何にせよ仲良くなって損はないのだから。
「……」
「どうかした?」
「いや歩み寄るのは良いとして……それはそれで新たな問題に気付いちまった」
「と言いますと?」
これはわりと深刻な問題なんだが、
「――――若い女の子と何話せば良いワケ?」
事務的な会話ならともかく私的な会話ってどうすりゃ良いんだよ。
「いやそれは普通に……」
「その普通が分からねえんだわ」
そりゃあ俺だって友人は居たよ。異性同性年上年下問わずな。
だが真っ当に対人関係を築けていたのは大学までだ。
会社に入ってから仲良くなった同僚とは真っ当とは言えまい。
同じ地獄で生きているというシンパシーが大前提にあったからな。
互いに愚痴り合ってたら自然と仲が深まるよねっていう。
「……そう言えばおじさまはおじさまで病み上がりみたいなものだったわね」
「そう! 無職になったし昔の友達に連絡を~とかもやってねえしな」
自然と疎遠になってしまった友人たちとまた交流したい。
そういう願いもなくはないが相手も今更困るだろうしな。
「特に祓主って暫定お嬢様なわけじゃん?」
生まれも育ちも庶民のそれとは大きく異なるだろう。
環境が違うってのは対人関係においてかなりデカいわけ。
共通の話題を見つけ難いってことだからな。
「趣味の話とかにしても俺の趣味、少女漫画だぜ?」
さして仲良くない相手に打ち明けるのは気後れする。
仮に打ち明けたとしてもそっから話が広がるとは思えない。
「あっちの趣味も俺には縁遠い茶道やら華道とかだったらお手上げだよ」
最初はどんなものかを質問する体で話を繋げられるかもだがそれにも限界がある。
俺が興味を持てれば話はまた変わって来るが……。
「……確かに。というか話をしていて気付いたのだけれど」
「どうした?」
「私自身、偉そうに言えるほど対人経験豊富ってわけでもなかったわ」
高校までは人並。ラスボス業を始めてからは言わずもがな。
何てこった。ここには対人関係に機能不全起こしてる奴しか居ねえのか。
「「むむむ」」
とコントローラーを手に二人で唸っていたが、
「あ、そうだわ!」
どうやら何か思い浮かんだらしい。
「祓主という方はお嬢様なわけでしょう?」
「多分な」
「なら庶民の食べ物とかを食べさせて……」
「お嬢様ハンバーガーが通用するのは漫画の中だけだって」
生まれた時から良いもん食ってりゃ舌も肥えるって話よ。
いやジャンクは美味いけど結局ジャンクだからな。
「とりあえず分からないなりに手探りでやってみるしかねえわなあ」
「そうね。その通りだわ。私に出来ることはあまりないけれど」
テュポーンは優しい笑みを浮かべながらポンポンと自分の胸を叩き告げる。
「上手くいかなくて傷ついた時は胸を貸すぐらいは出来るわ」
「いやそれはちょっと」
絵ヅラが……小さい女の子に甘えるって背徳感やべえぞ。
ただでさえ危ない俺の反社レベルをこれ以上アップさせたくねえ。
(まあこういうのが好きって輩も居るんだろうけどさ)
何だっけバブみ?
「……チッ。やっぱりガード硬いわね」
「あん?」
「何でもないわ。それよりねえ、手が離せないからお菓子食べさせて?」
「しょうがねえなあ」
チョコ菓子を口に放り込んでやるとテュポーンはむふー! と笑った。
包容力を見せたかと思えば子供っぽい顔を覗かせる。その手の趣味がある人間にとっちゃギャップでおかしくなりそうだな。
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