THIRD SESSION
6th number『we get requests』
「デートしよ!」
交差路沿いのビル、二階に入っているファストフード店の窓際。
休日で大勢が行き交う様子がよく見える。カウンターで倉九と横並びに座っている智絵里は、足をぶらぶらとさせて雑踏を眺めていた。
サラダとアイスティーだけの彼女に対し、倉九の目の前にはハンバーガー三個、ポテトLサイズ二個、ジュースのXLサイズが並ぶ。
「予選の音源審査、楽しみだね~」
智絵里は齧っていたアイスティーのストローを離して言った。丁度咀嚼していた倉九は急いで飲み込み、ドリンクで口を潤す。
「う、受かるかな……」
「私も同じこと黎木さんに聞いたら『俺と上洲がいて落ちる訳ないだろ、馬鹿たれ』って言われちゃった。むかつく! ネーミングセンスバグってるくせに!」
倉九は苦笑いしながらハンバーガーを齧る。
前歯で引き釣り出したピクルスを紙の上に乗せ、乞食のように指を舐めた。その長い指に、智絵里は安堵の溜息をつく。
「クラちゃんだけだと助かるよ、黎木さん煙草吸うから、臭い消すの大変でさぁ」
「煙草の臭い、苦手?」
「苦手というか、煙草吸ってるなんて勘違いされたら、ママが心配するんだ」
「あ、愛されてるね……私なんて毎日、早く働けって、凄く酷い事言われる……」
自虐して歪に笑う倉九は、ハンバーガーをたった二口で半分減らした。「愛され過ぎるのもね」と智絵里は一瞬物憂げにしたが、悟られないようにドリンクを流し込んだ。
「それで、相談って?」
智絵里は笑顔で小首をかしげる。倉九は大きな口を開けたまま固まり、ハンバーガーを一度置く。今日は相談事があるとのことで智恵理は呼び出されていた。
言い淀む倉九は決心したようにスマートフォンを取り出し、とある連絡先を見せた。
「ち、知久の連絡先……修理代の請求、したいんだけど、怖くて連絡できない……」
智絵里はスマートフォンを受け取り、勝手に操作する。
「修理代を請求すればいいの?」
「え、う、うん」
「えいっ」
智恵理は躊躇なく通話ボタンを押した。
「え!? かか、かけちゃったの……!?」
しばらく経っても知久は電話に応答せず、倉九の焦りは徒爾に終わる。出ないや、と智恵理からスマートフォンを返されたが、挙動不審に画面と睨めっこを始めた。
「お、折り返しが来たら……どうしよう」
「その時は私が対応してあげるから、クラちゃんは無視すればいいよ!」
一応は納得の意思を示すも、半分になったハンバーガーを早食い選手のように口に押し込み、咀嚼しながら唸る。智絵里は残りのサラダを頬張り、左手首にある腕時計を確認した。
「クラちゃん、このあと暇?」
「う、うん。私の人生、暇しかない」
「じゃあ夕方の練習まで遊ぼうよ。デートしよ!」
「デっ……」と、顔を上気させるが、急にしょんぼりしてしまう。「あ、私、お金ない……」
智絵里は立ち上がって、スカートの臀部をぽんぽんと叩いた。
「大丈夫、私のお小遣いとバイト代あるから。いこ!」
「でででも、す、既にご飯奢ってもらっちゃったし……」
「いいの! いこ!」
と、有無を言わさず倉九のジャージを引っ張る。
「ま、まって、まだご飯が……」
倉九は体勢を崩しながら、残りのハンバーガーとポテトを口に詰め込んだ。
♪
三瀬は名刺の裏に電話番号を書き、名刺入れとは別に内ポケットへ忍ばせた。
応接室に入り、自身のマネージャーと共に取引先の相手を待つ。ノックが響き、二人のスーツの男が腰を低くして入って来た。
形ばかりの応接室に四人が集まり、腰が悪くなりそうな柔らかいソファーへ全員が腰を預ける。
三瀬の隣に座った男は「三瀬のマネージャーです、宜しくお願いします」と名刺交換を済ませた。
仮面とは思わせない自然な笑みをつけたまま、三瀬も小さくお辞儀する。彼女も名刺を受け取り、左上に『株式会社リップス』と書かれているのを確認した。
「では早速ですが、今回の新曲を売り出すにあたって――」
三瀬は男二人が話すのを聞いているフリをした。片方は中年で、もう片方が青年。
今彼女は二枚の内、残ったジョーカーがどちらか品定めする賭博師である。腹の中で獣の眼を光らせ、御しやすい方を選定する。
話がひと段落し、相手の一人がトイレに立ったところで三瀬も部屋を抜け出した。狙ったのは中年の男、彼がトイレから出て来るのを見計らい偶然を装って声をかけた。
胸のボタンを二つ開け「一服、行きません?」と、指を立て唇に付ける。続けて「喫煙スペースは遠くて」と、空室の部屋へ誘った。
男はチラチラと胸を見ながら彼女について行った。
空室の窓際にて、相手の男が煙草を手にしたので三瀬はライターを取り出し、火をつけてやる。体の距離が不必要に近く相手は動揺の色を隠せない。三瀬も煙草を口に咥えた。
「そういえばリップスさん、今度の大会、主催もやってるわよね」
「えぇ、三瀬さんも出場されますよね。新曲の宣伝で」
男は緊張して早口だった。目線を胸へちらつかせながら、味が定かではない煙を吐く。
「あなた、大会の担当者には注文つけられるの?」
「ん? まぁ……少しなら」
「八百長は出来る?」
三瀬は耳打ちし、胸を相手の腕へ密着させた。男は生唾を飲み、知らん顔をして視線を逃がす。
「し、正直難しいですね。審査員は公表してますし、彼らは外部のアーティストだからどこかに漏れたら……」
「そう、残念ね」
三瀬はがっかりした演技をするが、口角は上がっていた。相手の手に触れ、煙を相手の耳に当てる。
「一次審査通過のバンド、今回だけ非公開にできない? 万が一、私が落ちたらCDの売れ行きに関わるでしょう。お互い、損よ」
「……でも、受付したことのアナウンスも兼ねているからなぁ」
男は隠さずに視線を三瀬の体へ這わせる。彼女は笑みを隠し、自分の煙草を相手に咥えさせ、内ポケットから電話番号の書かれた名刺を取りだした。
「今日の夕食、一緒にホテルでどう? 一晩ゆっくり話さない?」
男は鼻から煙突のように煙を吐きだし、ニタニタと妖怪のように口角を上げた。
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