「独特! 不安すぎるんですけど!」

 スタジオの防音材に向かって、智絵里は声をぶつけていた。黎木はドラムのチューニングをし、倉九はキーボードをセッティングしている。


 ピアノの音色がアンプから出たことを確認し、時計へ一瞥を投げた。不安と呆れを混ぜ、ベーシストが立つはずの空間を眺める。


「あ、あのアル中、またトイレに籠ってるんじゃ……」


 三人はマスターへ許可を取りスタジオへ移動してきたが、上洲だけは「先に行っといて」と席を外していた。


「私がさっき行った時は開いてたよ?」


 智絵里は咳払いをして、バーにて拝借した水を飲む。


「じ、じゃあどこに……?」


 噂をしていると、入口の扉が重々しく開いた。上洲はギターカバーのようなものを背負い、よたよたと入室する。扉のドアノブに服を引っかけ転びそうになり、背負っているものを落としそうになった。


「ちょ、誰か、これ持って」


 上洲が助けを求め、一番近くに居た智絵里は急いでカバーを持ち上げる。それは大きさに反して存外軽く、彼女でも簡単に抱えることが出来た。

 服を正し入室した上洲はカバーから中身を取り出す。中からアコースティックベースが登場し、智絵里はわくわくして目を輝かせた。


「おー! それどこにあったの?」

「店の車の荷台。たまに店でも使われてるでしょ。今日はこいつが代打」


 上洲は弦を鳴らしながらペグを回し、チューナーを使わずに音を確かめていく。


 「あ、あの、音要ります?」と倉九は尋ねたが「へーきへーき」と返答するうちに素早くチューニングを終えてしまった。

 アコースティックベースの前にマイクをセットして、適当に座り足を組む。ベースを構えた姿は歴戦のミュージシャンを彷彿とさせた。


「なまってない?」


 上洲はスティックを回している黎木へ言う。


「こっちの台詞だ」


 黎木は不敵に笑った。

 各々の準備が整い、ドラムのカウントで演奏が始まった。

 ドラムとベースのリズム隊、土台の安定感に智絵里は興奮して跳ねる。テンポ、ジャンル、コードなど何の情報もないままスタートしたため、倉九はおろおろしたまま何もできなかった。


 コード進行はシンプルなもので、リズムやノリは踊りやすい速度。いつでも入れるが、倉九は二人の技術に躊躇し、キーボードへ指を乗せては離すことを繰り返す。

弾き出せない倉九へ、上洲が声を放った。


「適当でいいぞぉ!」

「て、適当……」


 倉九は脱力し、鍵盤へ触れて控えめに弾き出した。智絵里もそれに合わせてメロディを歌い出す。ピアノとメロディ、上物の二人は何をしても大丈夫という安心感に支えられ、どんどん自由に、前に出始める。


「み、皆、うま……! 楽しい……!」


(すごーい! めちゃくちゃ歌いやすい! 私まで上手になったみたい!)


 楽しそうにしている倉九と智恵理を尻目に、上洲は時折眼を瞑り、スタジオに反響する音を俯瞰した。頭の中に聞こえている音楽を図にして描き、不足を補い、過剰を引き算をする。


 調整の最中、智絵里が煽って倉九のソロが始まる。控えめだが時折トリッキーに攻めた演奏を聞き、上洲は満足そうに黎木へ目配せする。その彼から顎をしゃくられ、自身にソロが回った事に気付く。


 派手過ぎず、しかし技巧的でアダルトなベースラインに智絵里も倉九も驚いた。ソロパートは黎木に持ち越され、彼の演奏が初見だった倉九は打楽器の熱量に伴奏を忘れた。


 最後に智絵里が楽器模倣ヴォカリーズで歌う。上洲は二回目の衝撃を受け、倉九の時とは違う、好敵手に出逢ったような眼でにやりとした。


(ほー、やっぱ日本人には出せないものがある。うっかりすると食われるな)


 全員のソロパートが終わり、最後を大いに盛り上げてセッションは終演した。


          ♪


 ランチタイムを終えた店の休憩時間、客の姿はなかった。机を二つ合わせ、演奏していた時と同じ立ち位置で四人は座り、卓上に並ぶ飲み物と軽食をそれぞれ好きに突いている。


 倉九は気まずそうにスマートフォンで麻雀のゲームをやっているが、飲み食いは一番多かった。

 俯いている彼女へ、上洲がモヒートのカクテルを握ったまま絡んでいる。


「二日酔いではしゃぐもんじゃないわ……あんたが全長二メートルくらいに見える」

「そ、それ、正常です……」


 智絵里は咀嚼していた唐揚げを飲み込んで、手を叩いた。


「上洲さん、すっごく上手で気持ち良かった! 指の動き、テクニシャンだね!」

「ありがと。あ、だめだ、また気持ち悪……」


 そのまま突っ伏してしまった上洲を起こし、智恵理はモヒートではなく水を飲ませる。甘えるようにもたれかかって来るので「重いー! 臭いー!」と喚いていた。

 二人を無視し、黎木はアイスコーヒーのストローをマドラーのように回し、倉九へ尋ねた。


「このメンバーで約三か月後のバンド大会に出場する。狙うは優勝だ。勝ち取ればデビューは間違いない。さぁどうする」


 倉九は急に話を振られてビクっと肩を上げた。しばらく黙ったまま、食べる手は止めずに麻雀を続ける。ゲーム画面にロンの文字が出て、困惑顔で勝利した。


「……やいふぁう」


 自分でも思った以上に口が膨らんでいたらしく、急いで咀嚼して喉の奥へ放り込む。


「や、やります。このバンドなら、不労所得、いけそうだし……」

「英断だな。本選まで死ぬ気で練習だぞ」

「うへぇ……や、やっぱりやめようかな……」


 智絵里は寄りかかられている上洲を落とさないようにフライドポテトを摘まんだ。


「予選とかはないんですか? いきなり本選?」

「予選は音源審査がある。だがこのレベルなら問題ないだろう」


 智絵里と倉九は嬉しそうに見合わせ、一方では子供のように、一方では悪だくみ風の、対照的な笑みを作る。ポテトを口に入れるなり、智絵里は急に立ち上がった。


「そうだバンド名!」

「痛ぁ!」


 勢いよく立ち上がったため、体を預けていた上洲が床に打ち付けられた。頭を抱えて呻くもすぐに寝息を立て始める。黎木はやれやれと呆れ、目の前にあった唐揚げを口に放り込んだ。

 味変用の七味唐辛子を付けすぎたせいで些か咳き込む。


「ごほっ……予選は仮でも平気だが……まぁ、大会当日までには必要だな」


 智絵里は前のめりになって手を上げる。


「じゃあ、パーカーと愉快な仲間たち!」

「馬鹿が。却下」

「パパみたく、パーカーなんとか!」

「お前がメインは気に入らん」

「黒一点暴力男!」

「俺の悪口か?」


 倉九は食べ物でハムスターのように頬を膨らませ、二人が喋る度に忙しく視線を動かす。黎木は溜息を吐き、肩をすくめた。


「もういい、俺が大会までに考えておく」

「えー、黎木さんセンス大丈夫ですか? 例えば犬飼うなら名前なんてつけます?」

「む……」


 黎木は今食べた七味唐辛子、飲み残されたモヒート、転がっている上洲を見る。


「スパイシーデスモヒート」

「独特! 不安すぎるんですけど!」

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