第10話

太陽がゆっくりと頂上へと昇りつつある時間。

 シルヴァレンの中央――冒険者ギルドの前。

 ギルドマスターのベルトマンとサブマスターのナタリアが緊張した面持ちで並んでいた。


 そこへ王国の紋章を掲げた馬車がやってくる。

 

 冒険者ギルドの前に馬車が停止すると鎧が擦れる金属音を響かせ、近衛騎士がドアを開ける。

 まず、姿を現したのはふくよかな腹を揺らすマレフェク伯爵だった。


 王の薬や食事などを手配する侍従でありながら、今や政治に口を出し国を荒廃させている元凶――

 七侍会の一角をなす俗物。

 それが、ベルトマンが伯爵に抱く印象だ。


 そして、その後ろから出てきたのは輝かんばかりの鮮やかな金髪を持つ青年。

 第一王子、レイナルトである。


 空席のままの宰相を放置して、腐敗を正すこともなく、七侍会の意のままに操られる愚物。


 ベルトマンは胸の奥でそう吐き捨てる。


「出迎えご苦労」

「いえ、王子殿下もご健勝で何よりでございます」

 

 ひと通り挨拶を交わすと、王子の真横に立った伯爵が何かを探すように視線を巡らせる。


「いつも出迎えに来ていた神聖の剣の姿が見えませぬが?」


 ――いきなり痛いところを突かれた。

 神聖の剣が死んだ、などと正直に話せば何を言われるかわかったものではない。


 ベルトマンは事前にナタリアと打ち合わせた通りの言葉を紡ぐ。


「神聖の剣は王子への土産を取ってくるのに少々手こずっておりまして……」


 誤魔化すのにも限界があるが時間稼ぎができれば、今はそれでいい。

 七侍会の連中に事態が露見するまでにヴァルトハイム公爵の協力を取り付け、間に入ってもらう。


 頭の中が舞踏会と贅沢ばかりの連中だ。

 情報が王都に届くにはそれなりの時間がかかるので対応はしっかりと練れる。


「そうか、早く中へ案内しろ」

「かしこまりました」


 全く疑う様子のないレイナルト王子。

 ――いつもながら、愚かな連中だ、ちょろいな。


 ベルトマンはそう嘲笑った――が。


 その侮りは執務室に足を踏み入れた瞬間に崩れ去ったのだった。


 執務室に二人を案内したベルトマン。

 その前でレイナルト王子が想定外の行動をとった。

 王子は部屋に入るなり、ギルドマスターの椅子に腰掛けたのだ。

 そして――


 ドンッと音を響かせ両足を組んだまま机の上に投げ出した。


 あまりの暴挙に堪らず声をあげようとしたベルトマンだったが――


「お前たちシルヴァレン冒険者ギルドの自治権を今日をもって剥奪させてもらう」


 その宣告にベルトマンの思考は凍りついた。


「な、なぜ?しかもこんな一方的に!」

「これは王命ですぞ!」

「馬鹿な……」


 王子の隣でマレフェク伯爵が一枚の書状を掲げた。

 ベルトマンは慌ててその紙面を覗き込む。


「厄災級の魔物ネクレシアから民を保護するためシルヴァレンの自治権を剥奪する……」


 書類には確かにそう記され、末尾には国王グロッソ四世の直筆のサインがある。


「神聖の剣が死んだそうではないか?ベルトマン」

「そのような重大な事態が起こったにも関わらず貴殿は隠蔽を図った、その罪は重いですぞ!」


 王都に情報が回るのが早すぎる――

 そして、どう搾取するのかを決定するのも迅速。

 全てが想定外だ――


 呆然自失となり目を見開いたまま、その場で立ち尽くすベルトマン。


「ネクレシアにSランク冒険者が殺される非常事態だ、シルヴァレンはこの俺が直々に統治してやる」

「なっ……」

「横暴です!!」

 

 ナタリアが堪らず声を張り上げる。


「横暴?この俺がこの町を守ってやると言っているのだ」

「ネクレシアの脅威を隠蔽したあなた方に言われる筋合いはありませんな」


 ネクレシアが脅威?

 彼女は今までずっと屋敷にいるだけで、度々Sランクの冒険者を殺してはいるが町に被害が及ぶことなどなかった。


 それを今更、脅威などと……


 ベルトマンの握りしめた拳が怒りによって震える。


「さて、まずは俺の統治下に入るにあたり、冒険者の勝手な行動は謹んでもらわんとな」


 レイナルトはそう言って椅子から立ち上がり、執務室を出て下の階へと降りる。

 そこでは多くの冒険者が依頼を受けたり、素材を持ち込んだりと賑わっていた。


 レイナルトは近くのテーブルで日の高いうちから酒をあおっていた男のジョッキを奪い取った。


 ――そして。


 彼の頭の上から残ったエールをぶちまけた。


「聞け!冒険者どもよ!」


 そう叫んだのちに、剣を抜き放ち、床を叩きつけるようにして打ち鳴らす。

 ざわめきがピタリと止み、レイナルトへ視線が集中する。


「本日をもって、シルヴァレンは私の統治下に入る!」


 突然の宣言にその場にいた誰もが顔を見合わせた。

 何を冗談を言っているんだ?


 そう笑い飛ばすには王子の後ろに控えるベルトマンの顔色が悪すぎた。


「なに、ふざけたこと抜かしてんだ!!」


 酒を頭から浴びせられた髭面の男が立ち上がり、レイナルトに食ってかかる。

 それと同時にレイナルトが振るった剣の鞘が男の顔面を捉えた。


 ドゴッという骨を打つような鈍い音が響く。


「がはっ……」


 男は床に倒れ込み、動かなくなった。


「王族に逆らうとは愚かな男だ、連れて行け!」


 騎士たちが男の身柄を拘束しはじめ、受付嬢が両手を口に当てて息を呑む。


「ゴッツさん……!!」


 取り押さえられたのは――元ギルドマスターでこの町では“親父”と慕われる男だった。


 そんな彼のピンチに今にも爆発しそうな緊迫した空気が張り詰める。

 何人かの冒険者が無意識に己の得物に手をかけた。


 その時――


 ガチャリ。


 ギルドの入り口の扉が不意に開いた。

 姿を現したのは黒いドレスを纏った銀髪の美少女だった。


 ヒールの音を響かせながら入ってきた少女の姿に気付いた者たちが、怯えた表情で目を見開く。

 冒険者たちはまるで海を割ったかのように少女の進路を開けるため、二つに割れる。


 真祖の吸血鬼ネクレシア。


 伝記で書かれる厄災級モンスターの特徴を全て備えている少女の登場に空気が一瞬で凍りつく。


 それを、気にも留めない少女は眩い銀色を靡かせながらゆっくりと受付へと向かう。

 受付嬢は近づいてくる自分を見据える紅い眼光に震え上がり、その場に釘付けになった。


「冒険者登録をしたいのだけど、お取り込み中かしら?」

「え……?」


 ――今、なんて?


 受付嬢は恐怖のあまり、涙で潤んだ瞳をキョトンとさせたのだった。

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