第11話

時は少し遡り――

 王子たちが権力を振り翳していた頃。


 ネクレシアとシエナは無事にシルヴァレンに到着していた。

 ボロボロの侍女と、伝説の吸血鬼のコンビに行き交う人々は足を止める。


「ネ、ネクレシア……!」


 今まで、決して町には現れず屋敷に籠っていた吸血鬼。

 それが白昼堂々と姿を現した。

 ギルドからネクレシアの行方が分からないから注意せよとの勧告があった。


 しかし――シルヴァレンに本当に現れるなんて……


 足を止めた通行人たちは、その顔に恐怖を貼り付けて、ジリ……ジリ……と距離を取る。

 そして一定の距離ができると背中を向けて一目散に走り出す。


 その光景を見たシエナはそっとため息を吐き出した。


「やっぱり、変装をした方が良かったのでは?これじゃ冒険者登録じゃなくて襲撃にきたみたいですよ……」

「嫌よ!」


 シエナの提言を一蹴しそっぽを向くネクレシア。

 仕草だけをみれば良家のご令嬢が拗ねているようにしか見えないが――


 厄災級の魔物なんだよね……


 シエナは思わず遠い目になってしまった。

 

「なんで人間たちのために、この私が、己の美貌を覆い隠さなきゃならないのよ!」


 うん。

 なんか、もうこのままでいいや。

 シエナは諦めた表情で胸の中でひとりごちた。


 いつもは多くの人が行き交う通りもネクレシアのお陰で誰もいない。

 遠くまで綺麗に見渡せる石畳の上を二人はギルドに向かって歩いていく。

 

 そして、ギルドの建物が見えてきた時――


 シエナが凍りつく。


 ネクレシアは隣で石像のように固まったシエナを見て首を傾げる。


「どうしたの?」

「馬車が……」


 そう言いながら、ギルドの入り口を指差すシエナ。

 ネクレシアがその微かに震える指の先に視線を向けると――

 冒険者ギルドと思われる大きな木造の建物の前に馬車が止まっていた。


「あの馬車が何かあるの?」

「私の雇い主のマレフェク伯爵とレイナルト王子のものです……っ」

「ふうん」


 また、伯爵に会えば、連れ戻されて今度こそ、王子の慰み者となってしまう。

 その予感にシエナから血の気が引いていく。


 もはや彼女にとって、隣を歩く“怪物”よりも、伯爵たちの人間の方が怖かった。


「シエナ」


 伯爵の影に怯えていると突如、隣から掛けられたドスの効いた低い声が横からかかる。

 

「は、はい!」


 シエナはビクッと体を跳ねさせて、慌てて返事をした。


「あなたの雇い主はこの私よ」

「で、でも、伯爵とも雇用契約を交わしておりまして……」


 ネクレシアは深くゆっくりと、息を吐き出した。


「人間の理を私にぶつけないで頂戴」


 ネクレシアはそう告げるとシエナの方へと詰め寄る。

 視界を美貌の吸血鬼が埋め尽くし、唇が触れ合いそうな距離で紅い瞳がシエナを射抜く。


「私は自分の庇護下に入った者には寛大だということをもう一度分からせてあげるわ」


 ネクレシアはそれだけ言うと、踵を返し、ピクニックに行くかのような軽い足取りで歩き出した。


「あなたは待ってなさい、冒険者になるついでに伯爵にあなたを譲るように“お願い”してあげる」


 ――貴族という人種に会うのは随分久しぶりになるわね。

 ネクレシアは新たななる血とこれから自身が起こす惨劇に愉悦を浮かべながらギルドへ向かう。


 表で碌に見張りもせずに路端に座り込んで談笑する近衛騎士たちを横目にギルドの扉に手をかける。


 そして、勢いよく開け放つと堂々と中へ足を踏み入れた。


 ギルドの中のピリッとした空気が肌を突き刺すがそんなものは意にも介さない。

 入り口の近くにいた冒険者たちが目を限界まで見開いてこちらを見る。


 ――邪魔よ。


 瞳でそう訴えかける。

 すると、殺気だっていたのが嘘のように、血の気の引いた顔で道を開けていく冒険者たち。

 ほんと、素直でダメだわ。

 やはり、どいつもこいつも、まるで食欲をそそられない。


 そんな感想抱きつつ、受付の前までやってきた。


「冒険者登録をしたいのだけど、お取り込み中かしら?」

「え……?」


 口元を引き攣らせながらキョトンとした顔をする受付嬢。

 中々返事が返ってこない。


 登録できるのか?とカウンターに手をついて顔を寄せるネクレシア。


 それに慌てた受付嬢が口を開く。


「えっと……まず、お名前を伺っても良いですか?」

「ネクレシアよ」


 ――もしかしたら他人の空似かもしれない。

 

 受付嬢のそんな淡い期待は食い気味の返答によって打ち砕かれた。

 王子が暴れる中、真祖の吸血鬼が冒険者登録にきた。


 この混沌とした状況に受付嬢は、引き攣らせた口元がさらに歪み、汗が一筋、頬をつたう。


「それで登録させてもらえるのかしら?」

「ちょっと待ってください……!」


 魔物である吸血鬼を冒険者登録するかの是非。

 こんな重大な案件、ただの受付嬢には荷が重すぎる。


 そう思い、ベルトマンへ助けを求める視線を送った時――。

 ネクレシアの肩越しにレイナルト王子が近づいてくるのが見えた。


「おい、お前、王族である俺を無視して冒険者登録とはいい度胸だな」


 王子はそう言うと、剣先をネクレシアの後頭部へと突きつけた。

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