第9話

冒険者の町、シルヴァレン。

 そこからわずかに北――

 アリトリシア王国の旗を掲げた行列がゆっくりと南に向けて歩みを進めていた。


 近衛騎士団の仰々しい鎧がガチャガチャと鳴り、馬の蹄鉄が地面を打ち付ける。


 そんな物々しい行列の中央部、厳重に警戒された馬車の中から――。


「ふざけるな!!!神聖の剣が死んだだと!?」


 怒号が響き渡った。


 馬車の中で手紙を読んでいた金髪の青年。

 アリトリシア王国第一王子、レイナルトは怒りのあまり、手紙を力任せに引き裂く。

 

 王国侍従長からの報せには「“神聖の剣がネクレシアに挑み敗北した”、道中くれぐれも油断無きよう」と記されていた。

 紙片が座席に散らばり、レイナルトはガックリと項垂れる。


「状況が変わりますな」

 

 王子の正面からそう声をかけたのは腹に脂を蓄えた小太りな冴えない男。

 マレフェク伯爵だ。



「ヤツらからの献上品が無くなるのは痛い……」


 シルヴァレンから税を取らない対価として貴重な魔物の素材を献上せよ。

 神聖の剣はこの約束を忠実に守り、王子に数多くの利益をもたらした。


 王子が身にまとう武具の一式は、その素材から鍛えられた逸品で屋敷が3軒建つほどの価値を誇る。


 最高の素材で自分に相応しい最高の武具を作ることができなくなった。


 その事実に苛立ちが隠せないレイナルト。

 

 ――神聖の剣からの献上品を受け取るためだけにわざわざこんな辺境まで出向いたのだぞ……


「直ちにネクレシアとかいう吸血鬼の討伐軍を編成せよ」


 レイナルトは怒りに声を振るわせながらそう命じる。

 しかし、正面のマレフェク伯爵は首を横に振った。


「あの吸血鬼には決して手を出してはなりませぬぞ……」

「なに?」

「それに、我らが国庫には討伐軍を編成できるだけの戦費がありませぬ」


 伯爵からの反対意見にレイナルトは眉を顰め腕を組む。


「では、このまま引き返せとでも?」

「いえ、妙案がございます」


 マレフェク伯爵はそう言うと、腹黒い笑みを浮かべ、上体を前へ傾ける。


「ネクレシアを口実に、シルヴァレンの自治権を剥奪し、王子の直轄領とするのです」


 それを聞いた王子の表情からは怒りが消え、代わりに狡猾な笑みが浮かぶ。


「ほう?詳しく聞かせろ」


 何世代も前――魔物の森の麓にあるちっぽけな冒険者のキャンプだったシルヴァレン。

 その時、そんな辺境の自治権など、どうでも良いと当時の王は自治を認めてしまった。


 だが、今やシルヴァレンは冒険者や腕利きの職人で賑わい、莫大な富を産む町へと成長を遂げた。

  しかし、王国は昔の取り決めが仇となり、それらの利益にあまり手を出せていない。


 シルヴァレンそのものを取り上げてしまえば、神聖の剣がいなくてもお釣りがくる。

 レイナルトはその考えに至り、口角をゆっくりと吊り上げた。


「まずは、侍従長に早馬を走らせ、王命をもって、ヤツらの自治権を剥奪します」

「それで?」

「同時にネクレシアの脅威から民を守るためという名目で王子殿下の直轄領とするのです」

「それで俺の兵を派遣し、シルヴァレン防衛の名目で戦費を納めさせるのか?」

「そうです!」


 なるほど、いかに冒険者といえども、国家に逆らう馬鹿はおるまい。

 ――実にいい案だ。


 レイナルトは満足げに頷く。


「そうと決まれば、シルヴァレン視察は何日か遅らせて、一度足を止めましょうぞ」

「ああ」


 伯爵が窓を開けて、近くの近衛兵に行軍を止めるように命じる。

 本当に――使えない公爵どもよりもよほど頼りになる男だ。

 

 自らが便利に利用されているなどと露ほども気付かぬまま、レイナルトはそう思った。


「あぁ、それと伯爵、一つ相談したいことがあるのだが……」

「なんでしょう?」

「お前に以前、貰った女だが、もう壊れたぞ」

「おや、それは早かったですな」


 レイナルトには一つ頭を抱える悩みがあった。

 それは――婚約者であるローゼンベルク公爵令嬢があまりにも“そそられない女”だということだった。


 優秀で作法もしっかりしていてお高く止まった高飛車な女。

 

 レイナルトの好みは物静かで控えめで泣かせ甲斐のある女なのだ。

 そのことを伯爵に相談して以来、王都の外に出る機会があるとレイナルトが好きそうな女を“献上”してくれるようになったのだ。


「以前、逃げ出したあの茶髪はどうなったんだ?」


 あの時献上されたあの女は――実に壊しがいのある怯えた顔をしていた。

 血が出るまで弄んでやろうと思ったのだが一瞬の隙をついて逃げ出したのだ。


「それが、魔物の森へ入ったようで……生きてはおりますまい」

「そうか……」

「また変わりの女を見繕う故、存分にお戯れくだされ」


 ――伯爵の人選ならば俺を退屈させることはないだろう。


 その日の夜、野営地で伯爵に仕えていた侍女の一人が行方不明になった。

 虫の鳴き声に紛れ、空気を切り裂くように響いた女の悲鳴。


 近衛騎士団の面々は胸中で――またか、と呟きながら静かに目を閉じたのだった。

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