名前のない記憶
和よらぎ ゆらね
名前のない記憶
朝焼けが冷たい
雨混じりの空気には春の匂いが混じっていた
風が吹き白椿の花が一つ音もなく落ちた
誰も見ていない庭の片隅で静かに
乾いた土の上に踏みしめた足跡がゆっくりと過去を編んでゆく
戻れたはずの場所はいつの間にか扉を閉じていて
声をかけたかった背中はもう振り返らない
あの日言葉を飲み込んだ夕暮れ
差し出せなかった掌
祈りを一つ、嘘に変えてしまった夜
「ごめん」と言えればよかった
「ありがとう」と残せていれば
けれど月日は流れ続け
椿はまた静かに咲き静かに落ちる
花の記憶は土に還り人の記憶は胸に沈む
ふと立ち止まる
空を見上げてもそこにあるのは変わらぬ青
どれほど悔やもうと
どれほど願おうと
覆水は盆には返らない
名前のない記憶 和よらぎ ゆらね @yurayurane
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます