第5話 ヒーローが死んだ日
『…待っていたよ』
人当たりの無い工場の跡地。周囲は瓦礫に埋もれている。石の破片を踏んづけながら俺は社長と約束した場所に到着する。
時刻は深夜の0時を回っていた。
『今夜は冷えるね~こんなに風が冷たいのなら、マフラーでもしてこれば良かった』
手の平を擦りながら、そっと自分の手に息を吹きかける。そこまで寒いか…と疑問に思ったが、そんな事はどうでも良かった。
『あの、1人ですか?』
そう答えた瞬間に、社長は少し微笑んだ。どういう事だ?暗殺して欲しい人を連れてくるって話しでは無かったのか…?
意味が分からず、俺は混乱する。俺の混乱を知ってか知らずか。人の居ない工場の跡地で社長は声を大きくして笑った。
『すまない、馬鹿にしてる訳では無いんだ』
しばらく笑った後に、社長は急に真剣な表情をして、口をゆっくりと開く。
『暗殺の対象は…君の目の前に居るよ。』
『な、何を言って、、僕の目の前には社長しか居ないじゃないですか、、』
言葉の途中まで嫌な予感が頭を過ぎる。全身に寒気が走り、手足の感覚が無くなっていく
のを感じる。
いや、だって…そんなはずは、、
『君に殺して欲しい相手は僕なんだ』
社長の表情は柔らかく、そして俺に語り掛ける声は、とても優しかった。
『どうして…俺だったんですか』
ホントは言いたいことは沢山あった。どうして、地位も名誉もお金もある。
人から尊敬されて、すき家の牛丼一つであんなに楽しそうな顔をしてた、、
そんなあなたが何故。死にたいと願っているのか。聞きたいこと、知りたい事は山程あった。それでも…
俺の口から出た言葉は"それ"だった。
『僕はね…救えなかったんだ…』
その瞬間、空気が止まった気がした。
『僕は妻を病気で亡くしたんだ。何の力にもなれなかったよ。』
『現実から逃げる様に僕は働きまくったよ。会社を大きくする過程で、色々あってね、元々居た社員のほとんどをクビにしたんだ…』
冷たい風が、足元を通り抜ける。社長はポケットに手を突っ込みながら、顔を少し上に向ける。今日は満月の夜だった。
『そして今では大企業の社長になったんだ。地位も名誉もお金も全て手に入れた。だけど、、僕は気付いたら時には独りだった』
月の光が社長の姿を照らす。その表情には、悲しみと怒りも何にもなかった。
『社員も妻も僕は大切ものを全て捨てた。何も守れなかった。結局、僕は無力のまま…だったんだ…』
社長は笑った。
悲しいほど柔らかいほど笑みだった。
『そんな時に、君の存在を知ったんだ』
社長はこちらを優しい目で見つめた。分からない。それがなんだって言うんだ、、
『調べて行く中で、君に病気の妹さんが居るのが分かったよ。そして彼女を救うために、沢山のグレーな依頼を受けてる事も』
この人は何が言いたいんだ…
『僕は君の中にある光を見た』
、、え?な、なにを言ってるんだ…
『妹さんを救う為に、君はもがき苦しみそれでも前を向いて進もうとしてる。』
社長は一歩ずつ足を前に踏み出す。
『僕にはお金がある。君の妹を助ける為の力が今の僕にはある』
社長はゆっくり少年に歩み寄る。
『今回の依頼の報酬は100億だ。それがあれば、君は妹を救えるかも知れない』
社長は少年の目の前まで来た。
『僕を殺したまえ。そして見せてくれ!君が大切な者を救う瞬間を。ヒーローとして生きる姿を』
『そして私を裁いてくれ。無力で逃げてきた私を…君の手で終わらせてくれ。』
ドクンドクン。
心臓の鼓動が激しくなる。社長の声が遠のいて行く。
人殺し…?俺が…?社長を…?
呼吸が激しく荒れる。高鳴る心臓の音を抑えようと、胸を右手で掴む。 ハァハァ
ヒーローは人を殺したりしない…
『…い、いや…だ…』
社長が優しく語り掛ける
『妹さんを救えなくて良いのかい』
脳裏にサユの姿が思い浮かぶ。病院からの緊急の電話。もう時間がない。
『いくら高額単価の依頼をこなしてもこのままだと間に合わない。それが分かってるから、君は僕からの依頼を受けたんだろ…』
もう…やめてくれ…
『君も知ってるはずだ。もう君には迷ってる猶予はないと言うことを。このままだと君は大切な者を失う』
辞めろ…!!
『君は誰も救えない。ヒーローにはなれない。光を失い、妹さんを見捨てて、1人で永遠に生きていく』
ハァハァ
俺はヒーローになれない…?サユを救えない…?
お兄ちゃんがお前を助けてやるからな!なんせ俺はヒーローだからな!妹を守るのは当然だ!
そうだ。困ってる人が居たら迷わず助けるのがヒーローの役割だ。勇気が一番。
俺はサユを失ったりはしない!!
※
気付いた時には、俺は社長を刺していた。手には血の付いたナイフが握られていた。
『うぅ…ゴホッ』
社長は口から血を吐いた。
『ありがと…』
そう言って、俺の腕の中から崩れ落ちる。地面に横たわった社長が息をする事はもう無かった。
『……』
少年はサユの描いた1枚の絵が頭に浮かぶ。
『そっか。あれは俺だったのか…』
その時、小さい少年の最後の叫び声が聞こえた気がした。
…もう少年には何も聞こえない。
‐‐‐
少女は目を覚ました。ここが現実なのか、精神世界なのか。私には分からない。それでも彼女はいつもの様に、少年に話しかけようとした…
『どこに居るんですか…』
彼の姿はもう何処にも無かった
私を照らした光を私が殺す クロエ @Nero2389
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