黒薔薇の聖騎士 ー光より来りて闇を抱くー

霞灯里

第1章 黒薔薇の咲く丘

プロローグ  黒薔薇の少年

「えええええええっ!?」

「こ、これは一体……!?」

「水晶の故障か!?」

「おい少年、何をしたっ!」


騒然とする大聖堂。

騎士も神父も領民も、まるで化け物でも見たかのような顔をしてぼくを見ている。

だけど――ただ祭壇の上の鑑定水晶に、そっと両手をかざしただけだ。


「……あ、あれえぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


僕はノルヴェルン伯爵家の長男、ステラート・エルディア。

今日はセレスティア聖王国で十二歳になった子どもたちに義務付けられる、〈国民属性鑑定式〉の日だ。

自分の魔力の性質――つまり“属性”を測り、正式に国へ登録される大切な儀式である。


鑑定水晶は持ち主の魔力に応じて柔らかい色を放つ。

だが目の前の水晶は――。


「真っ黒……だと?」


まるで夜空を凝縮したように、黒い渦が水晶の奥でぐるぐると回っている。

さらに外側には、墨のようなマナが生き物みたいに蠢いていた。


「こんな現象……見たことがない……」


騎士が半開きの口で呟く。


ぼくの前で司祭の母さまは「まぁっ」と、キラキラした大きな瞳をさらに丸くし、

口を両手で覆っている。

――驚いているというより、どこか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。


六歳の幼児鑑定では、確かに水晶は穏やかに白銀色の光を放っていた。

皆も信じて疑ってもいなかった、ぼくは母さまと同じ「聖属性」であると。


「ちょっと待って!ぼ、ぼくは母さまと同じ聖属性のはずです!」

「どう見ても禍々しい闇の色だろうがっ!」


神父さまがぼくの声にかぶせるように叫んだ。


暫くの静寂の後、沈黙を切り裂くように誰かがつぶやいた。


「……闇属性だ」


どよめきが広がる。

聖王国では“聖”こそが至高とされ、”闇”は畏れの象徴だ。

この国で闇属性の子どもが現れたという話など、聞いたことがない。


「ステラ、あなたは確かに聖魔法を使えていたわ」

母さまがぱあっと顔を輝かせる。「ここで見せてあげなさいな!」


――そ、そうだ。この場で証明すればいいんだ!

幼い頃からずっと特訓してきたのだ、ぼくは聖魔法を習得している。


小杖を右手に構える。

胸の奥で魔力を感じながら、いつものように魔法を唱えた。


「ヒール!」


いつもなら柔らかな癒しの光が母さまを包んでくれるはず、

だが――。


「ぽんっ!」


という音と共に、杖の先から派手に花弁が舞い散った。

いつの間に杖は形を変え、黒紫の薔薇がそこに咲き乱れた。


「…………」


母さまに黒薔薇を差し出した姿勢のまま、ぼくは固まった。

再び静まり返る教会の中、母さまは両手で口を覆い――。


「まあぁっ……!」


大きな瞳をさらに広げキラキラと輝かせた。

そしてにっこりと微笑んで黒薔薇を受け取る。


「ステラ、ありがとう。とっても綺麗だわっ」


――女神のような満天の笑みである。


次の瞬間。


「わはははははははははははっ!!」


静寂を破り、場内が爆笑の渦に包まれた。

騎士も神父も領民も、お腹を抱えて笑い出す。


……あっれぇ?おっかしいなぁ。

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