第4話 誰よりも強い君以外は見えない

 「シェリル~…もう少しでいいから、僕を信用してよ」


 「嫌だったらさっさと押し退けるか、席を立つかすれば良かっただろう!!」


 「しようと思ったけど、邪魔してきて無理だったんだって」


 「どうせデレデレしてたんだろう!してたんだ!!」


 「してないってば!!」


 ああ、どうしたことか。


僕の事を引っ張ってカジノの外のホテルの通路で二人きりになって言い合いになる。不機嫌になって、頭のてっぺんの髪の毛が静電気を帯びてツンツンに逆立っている君は、まるでイカ耳になって怒ってる猫のよう。


 そんな君も悪くないけど、いつの間にか隣にバニーガールがいたってだけで、ここまで怒ることないと思う。


 「…ねえ、そんなに不安になるんだったらさ、僕の隣にいれば良かったじゃん。もう飽きたってお酒飲みに行ったのシェリルでしょ?」


 「疲れて少し座って休みたかったからそうしたのだ!でも、お前も誘ったのにまだやりたいって言ったから一人で飲んでただけ!」


 「じゃあ、君の隣にただ男の人が座ってきただけで、僕が怒って怒鳴り込んできたらどう思う?それで君が席を立たなかったから浮気だって言ってきたら、嫌じゃない??」


 そう思わないの??と少しだけ強気に言った。そしたらシェリルはキッと僕を睨んだ後、何か言いたそうにしてたけど、顔が俯く。

 そして、すぐに上目遣いで僕の方にいじらしそうな目を向けて、ぎゅっと拳を固め、怒りと悲しみが入り交じったような、艶やかな表情でこう言った。



 「嫌じゃない、のか」


 「え?」


 「私が…他の男に、肩とか触られたりしてたら…嫌じゃないんだな…」


 っぅ………なんっでっ………。なんでそういう事を、こんなにいじらしく言っちゃうのかなぁ!!君は!!?


 怒る気にもなれなくなってしまう。これがたとえ、計算だったとしてもだよ。


 「つぅ…う、うん。嫌だ。めちゃくちゃ嫌だ。けどね!さっきのは、ちょっと怒りすぎだって思うんだよ!僕は本当に、シェリル以外の子には興味ないんだって、分かってるでしょ??」


 頑張って言いたいことをなるべくマイルドに絞り出す。あんな風にいちいち、やきもち焼いて怒ることないんだって、分かって欲しいから。


 「目移りなんてしてない、デレデレなんかしてない。これから結婚する相手が傍に…てか、傍にいなくても、いるっていうのにさ。信じてよ、お願いだから」


 「…」


 「君は?君には、僕だけ?僕の事だけ、愛してくれる??」


 「…あ、当たり前…。私は…お前の、妻になるんだし…」


 「そういう事じゃなくて、妻になるからじゃなくて、本心からそうだって言って欲しいな」


 彼女の両肩に手を添えながら顔を覗き込んで言うと、シェリルはブンブン首を横に振って最初は拒否する素振りを見せたけど、僕と目を合わせないようにしながら、ポツリと言葉を絞り出す。


 「っ…そうじゃなきゃ…誰がお前の妻になんか…」


 ここまで来ても意地を張るのがシェリルらしい。絶対、いつか自然に言ってくれるようにしてやるっ。


 「怒んないで、シェラミア。裏切らないから、大丈夫だってば」


 むしろ、僕の方が普段不安になってたのに。この空白の2年間で、誰かに取られてないかとか、凄い考えてたし…。


 「……あのメスウサギの匂いがついてる。ムカムカする」


 そう言って、君は体を僕に擦り付けてくるように腕の中にすっぽりと収まってくる。あぁ…これがシェラミアっていう生き物…。嫉妬してるのが分かりやすくて、意地張ってても許せてしまう魔性。


 「どうして嫉妬するかな。あの人達より、君の方が何倍も可愛いのに」


 「嫉妬じゃない…。私の下僕に、ベタベタ匂いとか汗つけられるのが嫌なだけ」


 「それを嫉妬っていうんだよ。とにかく、もうこんなことで怒ったりしないで。嫌なら堂々と傍に来て良いから。甘えちゃっていいから。僕もなるべく、パーソナルスペース守るようにするし」


 ね??と君の頭を撫でてから顔を覗き込むと、むぅっとしたいじらしい表情で、僕の事を見上げてくる。


 「嫌になったか?」


 「分かってくれたなら、全然嫌じゃないよ」


 「分かってる…」


 そしてしおらしそうに顔を赤らめてそう言う。可愛すぎて死ぬ。心臓バクバクし過ぎて破裂しそう!こんな顔、他の男には見せたくない。見られて欲しくない。そんな独占欲が沸き出す僕も、あまり人の事は言えない。


 

 「ね、さっき稼いだのを換金って、出来るんだよね?」


 「…確か、この先の受付に行けば」


 「じゃあ、それで何か美味しいものを…って駄目か。それじゃあ僕だけになるし」


 彼女が普通の人間だったら、ちょっと高い食事でもしようかと言えたけど、通用しないってことに途中で気づいた。


 それじゃあどうしようかと慌てて考えていると、彼女は瞳を光らせながら口を開く。


 「うまい酒も、あれば良い」


 そう一言言ってくれた事で、はっとなって僕の焦燥も和らぐ。じゃあ、そうしようかと笑いかけて、まだ甘えていたそうな君から一旦離れた。


 「ジャックさんとベルカさんが一段落ついたら、4人で一緒にご飯行こうか。今からでも開いてるお店、ホテルの中にあるかな」


 「夜間営業してる店ぐらいはいくつかあるだろう。なければ、お前がやってたみたいにピザでも取ったら良い。お酒は買えば良いし…」


 「だね!じゃあ、換金してくるから、さっきのバーで待ってて。ベルカさんもそこにいるんでしょ?」


 「ジャックが3階にいるらしい。様子を見てからバーに戻る」


 「OK!何かあったら、LINEしてね!」


 とりあえず無事に仲直りして、一度換金所の受付に向かった。一方通行の道だから迷わずにつけるはず。


 「おい、ちょっと待てよ。アジア人の兄ちゃん」


 さっき稼いだ分をチャージして貰った換金カードを失くさないようにしながら、廊下を小走りで進んでいると、曲がろうとした廊下の角から、見覚えのある白人の男の人が、他にも男を数人引き連れて現れた。


 この人、ブラックジャックの時、一緒のテーブルにいたおじさん…。騒いで追い出された人とは別の人だったけど、なんか凄くガラが悪そうだったから、よく覚えてる。


 その人と他二人の男の人達から数歩離れたところで立ち止まると、何か、ただならぬ雰囲気でこっちに歩み寄ってくる。僕は本能的に後退りながら答えた。



 「な、なんですか…?」


 「随分稼いだじゃないか。観光客の癖にあんな稼げるなんておかしいだろ。ここ、誰のカジノか分かってやってんだろうな?」


 「何の話ですか?イカサマなんてしてませんよ!たまたまなだけで…」


 「たまたまであんな勝ち続けるわけねーだろ!何か仕掛けてたに決まってるさ」



 えぇ…本当にたまたまなのに…自分でもビックリしたぐらいなのに。確かにあんだけ勝ち続けてたら、そりゃ、疑われても仕方ないんだろうけど…。


 「まっ、俺はさっき騒いでた奴ほど馬鹿じゃない。その稼いだ金、俺達にも分けてくれたら、イカサマの事は黙っておいてやるよ。悪い話じゃないだろ?」


 「いや、だから、イカサマなんてしてないって…」


 「まだシラを切るのか?いいのかぁ?俺が運営に、お前が勝ち続けてたのには訳があるって言っちまっても?」


 悪い笑みを浮かべながら詰め寄ろうとしてくる。そんなの、イカサマだって言ったって本当にしてないんだから証明のしようがないでしょって言い返そうとした時。



 __「おじさん達~脅しなんか止めときなよ~。そんな悪そうな顔してるおじさん達がさぁ、若い人捕まえて何言ったって負け犬の遠吠えってやつじゃん?」


 

 僕の背後から声が聞こえてきた。いつの間にか背後にいたその人は、コツコツと足音を立てて僕の前に背中を見せる。


 ダークブラウンの髪と小さい頭、羨むほど僕よりスッと細い、モデルみたいなスタイルのタキシードの後ろ姿。明らかに男の人なのに、耳には女物の翡翠の玉のピアスが揺れていた。


 僕に絡んだ人達は、その人の方に視線を移した。


 「はあ?誰だ小僧。こいつの知り合いか?」


 「別に違うけど。てか、揺するんならもっと他の人にしたらいいんじゃない?このお兄さん、お金持ってなさそうだし。どんぐらい勝ったか知んないけど」


 うっ。初対面でお金持って無さそうって言われるのはなんか傷つく。


 「うるせぇ!!知り合いでもねぇなら口出してくんな!!同じアジア人の仲間意識かなんかか!?」


 「うわっ、アジア人って決めつけてくんのマジうざいよそれ。今って~そーいうの、煩いんじゃなかった?」


 「退けよ!!さもなきゃ…」


 激昂して腕を上げた男の人の取り巻きの腕を、その人はガッと力強く掴み、怯むことなく緩く言い返していた口調が、少しだけ低くなる。


 「さもなきゃ…どうすんの?別に何したって、俺は構わないけど~…ここで何か騒ぎ起こしたら、凄く怒る人がいるって感じの事を自分で言ってたけど~…どうすんの??」


 「うっ…」


 「どうする??」


 腕をギリギリ音をたてて締め上げるように掴みながら言った後、男達は歯を食いしばりながらその言葉の意味を理解したかのように大人しくなった。そして、そのまま舌打ちして反対側の通路へ戻っていったのを見て、掴んでいた男の腕を、その人は離した。


 そして、にこやかにバイバーイと手を振って見送った後、くるっとこちらに振り返って来た。


 その顔を見て驚いた。


まるで、韓国のアイドルみたいに整った顔立ちの、愛嬌のある美青年だったから。中性的で、屈託のない純粋な笑顔で、僕を見下ろしていて、着ているタキシードも信じられないぐらい似合ってた。


 ぐっ…お、男でも、凄い羨ましくなるほどイケメンなんだけど…!やっぱりアイドル?どこのグループの!?韓国のアイドルにはあんま興味なかったけど、近くで見たら、こんなにもオーラ違うのか…!!


 あれ、こうしてちゃんと立って見ると、身長変わんない?………足か…足の長さか…。


 「お兄さん大丈夫~?」


 「…へっ!?あ、あの、握手してくだ…いや違う。助けてくれてありがとうございました!」


 あまりのキラキラオーラに頭バグって手を差し出そうとしたのを抑え、お礼を言って頭を下げた。相手は「?」って顔して見てたけど、その顔も本当に絵になるぐらいのもの。


 どうしたらこんな顔面とスタイルに産まれるんだろう。…顔は、整形の可能性あるとしても。


 「今ちょっと失礼なこと思われた気がするけど、いいよー全然。お兄さん、怯えた羊みたいだったから見てらんなくてさぁ~」


 「怯えた…羊?」


 「そうそう。分かりやすく怯えてたから」


 へへへ~!と無邪気に笑ってそう言った美青年のお兄さんは、おっとそうだと思い出したようにまた僕にこう聞いてきた。


 「お兄さん、向こうのカジノエリアから歩いてきたよね?」


 「は、はい。そうですけど…」


 「人探してるんだけどさ、見てないかな?」


 「どんな人ですか?」


 「んー…今多分ね、身長はお兄さんより少し下ぐらいで、おかっぱに近い髪型で、やる気なさそうな目してるけど、その辺の人より、格段に美人。だから目立つと思うんだけど、見た??」


 

 おかっぱのその辺の人より美人…??はて…いたかなぁそんな子。格段に綺麗と言ったら、シェラミアしか思い付かないし、むしろシェラミアしか目に入ってないからか、覚えてない…。


 「いえ…見てないですね。彼女さんですか?」


 「えぇ?違う違う!俺のにい…ねえちゃん!弱ったなぁ~何処行っちゃったんだろ!」


 用済ますついでにトイレ行ってたら、いなくなっちゃったんだよね。って言いながら廊下を見渡して、首を傾げる。


 この人のお姉さんかぁ…。確かに、絶対綺麗なんだろうな…。この身なりからして、凄いお金持ってそうだけど、どっかのお金持ち美男美女姉弟??羨ましいなぁ。こういう人でも、悩みとかあったりするもんなのかな?


 「しょーがない、先にあっち行ってるかなぁ。じゃ、もう絡まれないように気をつけてねー」


 「あっ…どうも、ありがとうございました!」


 僕の横を通り過ぎて行こうとするお兄さんにお礼を言いつつ見送ろうとすると、ふとまたその人は立ち止まって、僕の方に愛らしい笑顔を浮かべて振り返った。


 「俺、愛憐あいれん!お兄さんは??」


 「え?あっ…し、眞藤、眞藤聖也しんどうせいやです!」


 「聖也せいや君かぁ!良い名前だね!!バイバイ!」


 最後に眩しいキラキラした笑顔を残して、去っていった…。


 …え?何あれ、ファンサービス?サービスなの??あの笑顔は。


 あれが本当にアイドルなら、絶対推しになるんだけど。(相手、男だけど)


 ホテル帰ったら、韓国かどっかのアイドルか調べてみよ…。待って、これは、浮気にはならないよね???

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甘い下僕と辛い吸血鬼 Another 作者不肖 @humei-9g30

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