【読切一話】 少女、あるいは崩壊のアンサンブル
ねね
それはきっと、最高に美しい日に訪れる。
ある美しい日、ひとりの赤ん坊がこの世に生を受けた。その赤ん坊は、特別な力も特筆すべき魅力も持たない平凡なひとりの人間だった。
赤ん坊は「絵麻」と名付けられた。両親はその赤ん坊を慈しみ、無償の愛を持ってその子供を育てた。
やがて子供は少女へと成長し、無垢な笑顔をよく見せるようになった。
しかし、無垢な笑みとは裏腹に、少女は残忍な性格になっていた。何故かといえば、神々の悪戯としか言いようがない。
少女は昔、大人の男に襲われかけた経験があった。
男はその時のことをなにも覚えていないという。
錯乱状態で少女に襲いかかった男の目からは血が流れ出ていたという。そのとき、少女から何かが抜け落ちた。
男は当然、法の裁きを受け労役に就いた。
幸い少女に傷はつかなかったが、両親はそんな少女を毛嫌いし、汚れたものとして扱った。ふたりはやがて離婚した。少女はひとりになった。
少女は、叔母夫婦のもとに引き取られた。その時にはもう、少女は空っぽだった。
叔母夫婦には、まだ幼い息子がいた。
少女は、叔母夫婦の息子を手にかけた。叔母夫婦が買い物から帰ってくるころを見計らい、ちょうどその時にふたりの息子の息が絶えるように首を絞め、殺害した。
目の前で愛しい息子が姪に殺され、息の根が絶える様子を目の当たりにした夫婦は狂ってしまった。
3人の人生を崩壊させたその少女は今も生きている。
少女は時々、うっそりと笑って口にするのだという。
「私は悪くない。悪いのは、私を狂わせたあの男。」
罪を罪とも思わない少女は、今日も元気に息をする。昨日死んだ誰かがどうしてもどうしても生きたかった明日を、少女は罪で染める。
少女は、捕まらない術を心得ている。名を変え顔を変え、罪を犯しつづける。それでも少女は満たされない。
ある満月の日、少女は月を見上げて涙を流した。
「おとうさん、おかあさん、会いたいよ…」
その表情は、無垢な少女そのものだった。その表情はその少女そのもので、しかしその言葉は少女の感情とは真逆だった。
罪のために生きる少女は、今日もだれかを谷へ突き落とす。
瀕死の病人を窓から突き落とし、自殺に見せかけて殺したこともあった。
倒産寸前の会社の社長とパパ活に臨み、会社を、そして社長の家族を貶めたこともあった。
これまで犯してきた罪を思い出し、少女は嗤う。
「ああ、なんて……なんて優美な人生なの!」
その言葉が本心からのものなのか、それとも偽りの仮面なのかは少女も知らない。
なぜなら、少女に魂は宿っていないから。
空っぽの器で世を渡る少女は、神々の
愚かしい人間たちをかき乱す少女は今日も無垢な笑みで手を汚す。
ある美しい日に、少女は地に伏した。その身体は腐り落ち、やがて土へと還る。その身体はまた新しい生命の糧となり、そして魂を宿す。
輪廻するその肉体、空っぽな器はいつしか蘇る。
いつかくる、美しい日まで。
【読切一話】 少女、あるいは崩壊のアンサンブル ねね @14klm
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