第一話 彼が楽園を追放される残当な理由

 改めて名乗っておこうか。


 ラース・ドレクスラーってのがこの人生での俺の名前だ。


 今、屋敷の玄関で俺を詰めている金髪碧眼の美青年がアレク・ドレクスラー。今年結婚して、ドレクスラー伯爵家を継いだ俺の兄貴。


 こいつの弟だけあって、俺の容姿も似たようなもんだ。金髪碧眼の美少年──なんだが、周囲からは「目が死んでる」とか「覇気がない」とか「髪掻き上げるより鼻ほじっている方が様になっている」とか専らの評判だ。


 …………しょうがねぇだろ!? 中身は社畜経験者で底辺寄りの庶民日本人なんだから! 目が死んでるのは社畜の基本仕様! 雑草魂完備だから品行方正とかと無縁なの!


 周囲の散々な評価はさておいて、俺は今、今世で最大の危機に直面していた。朝、のそのそ起きてメイドさんに飯要求してたら、ふらっと現れた兄貴に首根っこ掴まれて屋敷の玄関に引きずってこられたのだ。


 兄貴とは七歳差で、俺は十六。去年成人はしたが、まだ体格差的に勝てない。まぁ、魔力で身体能力強化すれば別だけど。魔力量は兄貴より俺のが多いし。何かめっちゃキレてるから大人しく引きずられていたが、唐突にそんなことを言われて慌てる。


「な、何でだよ! 俺、何もしてないだろ!? 兄貴の立場を脅かすようなことだって、何も……!」

「だからだよ」


 青筋立てた兄貴は叫ぶ。


「朝から晩まで働くでもなく日がな一日食っちゃ寝ゴロゴロ食っちゃ寝ゴロゴロ、たまに外に出るのは散歩と趣味の釣りと娼館行く時だけ……本当に何もしない奴があるか! 馬鹿野郎!!」


 待て。待ってくれ。確かに俺はニートだが、俺にも言い分がある。


「だってウチは貴族だろ!? 領民から税を搾り取って毎日優雅に左団扇で暮らしてて良いんだろ!?」

「いや働けよ。貴族にも普通に仕事あるよ」

「しかも俺、次男だぜ!? 兄貴のスペアだ!」

「仮にそうだとしても僕の跡継ぎ出来たらどうするんだ」

「そんな……俺、このまま兄貴のスペアとして生きて、生まれた兄貴の子供甘やかして手懐け、老後の世話までしてもらうつもりだったのに!」

「清々しいまでに欲望まみれだな」

「あわよくば貴族パワーで巨乳のねーちゃん紹介してもらって嫁に迎えてスケベしつつたまに娼館で女遊びしてのんべんだらりと食っちゃ寝して気分転換に釣りに行くという完璧な計画が…………!」

「それ完璧な計画って言うより完璧に妄想だよ」


 ウッソだろオイ。


「嫌だ! 働きたくない! もう社会の歯車になんかなってたまるか! 摩耗して使い捨てられる人生に価値なんか無い!!」

「お願いだから一度でも働いてから言ってくれる?」


 死ぬほど働いたよ前世で! 何なら家族も養ったよ! 股の緩いバカ嫁のせいで一家離散したけど!


「あのな? ラース。この間、正式に僕が家督を継いだだろう?」

「そうだな。他家から嫁さんも貰って、立派な結婚式もしたな。──あんまり乳デカくないけど義姉嫁って響きは良いよな。何かエロくて」


 直後、兄貴から鉄拳制裁された。


「お前それアイツの前で言ったら殴られるからな?」

「今! 今、兄貴が俺を殴った!!」


 しかし兄貴は俺の抗議を無視して。


「我がドレクスラー家の家計は火の車だ。特に父上からの代が酷い」

「つまり?」

「両親が無駄遣いしすぎ。領地運営と貴族恩給があっても赤字って相当だぞ」

「…………この間っから静養だっつって、別荘に行ってっけど? 貧乏なのに」

「あれは僕が行かせた。そのまま押し込んでもう内政に関わらせないために」


 つまり家庭内事業仕分けだ、と兄貴は続ける。


「あれ? ひょっとして俺、仕分けられる対象?」

「この話の流れでどうして自分が仕分ける立場だと思えるんだ?」

「そんな! 俺のスローライフはどうなる!?」

「知らん。血縁の情だ。ある程度金と物品の持ち出しは許してやる。僕が王都にいた時に作った伝手があるから、働き場も用意してやる。だからとっとと出てけ」


 こうして俺は、十六年ぬくぬくと世話になったドレクスラー家楽園から追放される運びとなった。


 人生は、ままならない。

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