第22話 様子がおかしい



 絵画にとり憑いていた幼い少女に言う。


「それじゃ、いいかな。今度は僕のターンだよ」


 ちょっと息を吐くみたいな感覚で、怨力を軽く放出。

 途端に少女が苦しみ始めた。


「ううう……。ゴホッ。なんなの、このチカラ」


 無数にあった手が次々と消えていく。

 少女自身も手足が霧のように霞むのだった。


「な、何をする。わらわは消えたくない」


 少女がその場を離れようとする。


 でも逃さないよ?


 僕の髪がぐーんと伸び、やがて少女を捉える。魂をぎゅっと掴んで引き寄せた。あまり気乗りはしないけど、ここまでやったんだから食ってしまおう。


 いただきま……。


「くさっ」


 慌てて少女の魂を放す。

 ああ、無理。もし食えばオエってなりそうだ。


 少女は亡霊特有の匂いを放っていた。ただ厳密には、鼻で感じる臭さとはちょっと違う。亡霊の魂から発する霊波のようなものが、鼻腔から胃のあたりにかけて、内側からえぐってくる感覚だ。


 以前は亡霊の魂を食べることもあった。しかし最近では僕の体が拒否反応を示すようになってきた。


 少女が逃げていく。


「くっ……臭くないもん!」


 などと言い残して。

 いやいや、これまででダントツの霊臭だったんだけど。


 床で倒れているユマを揺すってみた。


「ユマ? ユマ? ユマったらぁ」


 こりゃ駄目だ。起きそうにない。

 肉入りスープはまた後にするしかなさそうだ。


 僕はユマを残したまま、旧校舎玄関へと向かった。


 古びた廊下の奥、静寂の先に、二人の男の姿があった。

 片方の人物についてはよく知っている。カイラスだ。

 僕を見るなり、口角を歪めるのだった。


「ウェック様、アイツです」


「ふむ。あれが例のキファか」


 ウェックという男と目が合った。

 その視線は鋭く冷たかった。


「おい、キファとやら。なぜ一人でいる? 大勢がお前を追っていったはずだが」


 確かにいまは僕一人だ。でも生徒たちが倒れていったのは、僕のせいじゃない。僕は無関係。それをちゃんとアピールしなきゃ。


「僕は何もしてないよ。礼拝堂の絵から変な子が出てきたんだ。そしたら皆、倒れちゃって」


 ウェックの眉がひくりと動いた。


「ピイェアの絶望……。あの絵画から出てきた? その変な子というのは今どこにいる」


「さあね。どっか行っちゃった」


「ウェック様、これはマズいです」


 カイラスが声をひそめた。

 ウェックの顔から、さっきまでの余裕が消えている。


「うるさいっ。わかってる」



 ◆◇  ◆◇  ◆◇  ◆◇  ◆◇



 ウェックは腕を組み、静かに目を閉じた。


 思い返すのは、すべての始まり。自らの出世と将来のカギとなる絵画『ピイェアの絶望』と、それに関わる一本の剣。それらをこの学園に持ち込んだのは、支部リーダーとしてここに送り込まれてすぐのことだった。持ち込みには目的があった。


 それは――


 あの絵画に眠る莫大な魔力を、我がものにすること。


 もしそれが叶えば、支部のリーダーなどただの通過点。幹部の椅子も、夢ではなかろう。


 しかしあれは呪いの絵画とも言われており、自分の手で触れるなんて恐ろしかった。だから絵画の取り扱いは、もっぱら洗脳済み生徒の役目とした。持ち込み時にも研究中にも、多少の犠牲は出た。だが想定内のため問題ナシ。


 様々な方法で絵画を実験にかけ、研究を続けていった。


 悶え苦しむ者は後を絶たなかった。中には廃人となったり、死亡したりする者さえもいた。


 絵画の前に座らされた生徒が、両耳を塞いで震えながら、目だけを見開いて笑っていた光景が脳裏をよぎる。


 うわ言のように「やめてくれ」と泣き叫ぶ者が出ようと、精神を病んで自ら命を絶つ者が出ようと、実験の手は緩めなかった。


 研究の中断なんて、以てのほか。拒否する者にはさらに洗脳を強めた。暴力も加えた。そのため拷問器具を揃えた。死なせてしまっても構わない。


 出世のためには、なんだって差し出せる。

 そして俺は組織の幹部となるのだ。


 だが一向に実験はうまくいっていなかった。現段階では絵画の魔力をまったく抑えられていないのだ。


 そのため、いまだ鞘から剣を抜かせられていなかった。もし現段階で剣を抜けば、絵画の魔力の暴走により、学園などなくなってしまうだろう。同時に支部のリーダーも解任されられることになる。



 ◆◇  ◆◇  ◆◇  ◆◇  ◆◇



「ねえ、おじさん。聞いてる?」


 ウェックが目を開けた。


「だ、誰がおじさんだ! まだそんな歳じゃない。というか、俺は当学園で講師として雇われている。ちゃんと先生と呼べ」


 ウェックは先生だったのか。

 そんなことより……。


「僕、職場に戻んなくちゃならないんだ」


「返すわけがないだろ!」


 えっ、駄目なの? そんなこと言われてもなあ。

 なんかちょっと面倒臭くなってきた。


 ウェックがカイラスを一瞥。


「そいつの魂を、いまここで浄化し救ってやれ」


「はい、ウェック様」


 カイラスの手に火球が生じた。こっちに向かって勢いよく飛んでくる。けれども怨力に覆われた僕に、届くはずがなかった。


「ば、馬鹿な! おかしい……」


「僕のこと、馬鹿って言った?」


 ここは怒っていいところだろう。


 僕の体から第三の手が生じ、カイラスの顔面を掴む。


「ぐわぁぁぁ。ううう、なんだ……。や、やめろ」


 へへへ。やっぱり痛いよね?


 ――しかし、ここで僕の体に異常事態。

 鼻がムズムズする。



 ハックション!



 第三の手が顔をグシャッと握りつぶしてしまった。


 しまった!!!!


 殺すつもりはなかった。

 ああ、肉入りスープの約束が……。


 泣きたい気分だ。僕は大ダメージを受けた。

 この失意のどん底で頭を抱えるのだった。


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