第21話 肉が入ってない



 道、間違えちゃったかな。


 旧校舎は構造が複雑で、まるで迷路のようだ。

 廊下を進むうちに、方向感覚を失ってしまった。


 ダダダっと足音が聞こえた。


 各教室から生徒たちがぞろぞろと出てくる。同好会のメンバーってこんなにもいたのか。関わりたくないので、階段の陰に身を隠した。


 おや?


 ユマの姿を発見。何やってるんだろう。生徒たちとともに廊下を歩いている。もうすぐ昼休みが終わるけど、ユマは時間をわかってるのだろうか。


 気になったので、ユマを追ってみることにした。


 大勢の生徒たちの中に、僕もちゃっかり紛れ込む。うん、大丈夫。周囲から怪しまれてはさなそうだ。人混みを掻き分け、徐々にユマに近づいていく。


 ようやく追いつき、耳元で名前を呼んだ。


「ねえ、ユマ」


 返事がないのでもう一度。


「おーい、ユマぁぁぁぁぁ」


 ああ、こりゃ駄目だ。聞こえてない。目も逝っちゃってる感じだ。洗脳されるなって忠告しておきながら、自分がやられちゃってるじゃないか。


 生徒たちの流れに巻き込まれる形で、広い部屋に入ってしまった。


 室名札には『大講堂』と記載があった。

 そこにいる生徒たちは、列をなしていた。皆、同じ方へ向いて、無表情。


 ぞくぞくと入ってくる生徒たちに、係員がグラスを配っている。僕も受け取った。中身は青い液体で、毒々しい見た目だった。


 これ絶対マズいに決まってる。


「僕、いらない」


 グラスを返そうとすると、係員が怖い目をした。


「貴様! ありがたい聖汁を拒否するつもりかっ」


「だってマズそうなんだもん」


 背後から誰かに腕を掴まれた。

 誰だ? 振り返ってみれば、なんとカイラスだった。


「あっ、カイラス」


「やはりお前か」


 これまで僕のことを『キミ』と呼んでいたのだが、いまは『お前』になっていた。


「ねえ。このマズそうな液体、返したいんだけど」


「何を言うか。全員が飲まなければならない」


「約束は肉入りだよね? 肉なんか入ってないじゃないか。しかもスープっぽくもないし」


「うるさい。黙って飲め!」


 大口開けて怒鳴ってきたので、グラスの液体をひょいっと、カイラスの口に流し込んだ。


「自分で飲みなよ」


「うおっ、オエエエエエエエエェ」


 飲めって言ってたくせに吐いてんじゃん。

 やっぱり超マズかったんだな。


「わ、汚なっ」


 足元にカイラスのゲロ。


 思わず身を引いた……が、よろけてしまった。意図せず背中でユマを押し倒す。そのまま尻餅をついた。けれどもユマの腹が下敷きになったおかげで、僕は痛くなかった。


 ユマ、助かったよ。


「うげっ」


 変な声をあげたのはユマだ。


 ユマはパッと見開いた。さっきまで死んだような目がキリッとなった。僕が腰をあげると、ユマも上体を起こした。


「わたし、いままで……」


 我に返ったようだ。


「うん。ユマがユマじゃないみたいだったよ」


「わたしとしたことが、すっかり洗脳されてたわけね……。んんんっ、情けない自分に腹が立つわ」


「肉入りスープの約束も思い出した?」


 ユマは周囲を見回し、顔をしかめる。


「皆、まるで魂が抜けたようね」


「ユマだって、さっきまでそうだったよ」


「でも不思議ね。どうしてキファだけ平然としてたのかしら」


 悔しそうに僕の顔を見た。


「知らない」


「とりあえず、ここから出ないと」


「それより、肉入りスープ忘れてないよね?」


「さあ、キファも突っ立ってないで」


 僕の手を引っぱった。

 大講堂の出口に向かう。


「あのう……。肉は?」


 ここに入ってくる生徒たちが邪魔で、なかなか進むことができない。生徒たちにぶつかりながら、強引に歩くしかなかった。


 逆行する僕たちを、一人の係員が見つけた。


「お前ら、どこへ行く。大講堂から出るんじゃない」


「マズいわね。キファ、急いで」


 どうにか大講堂から脱出。


 係員は大声をあげ、他の係員を呼び集める。大勢で迫ってきた。


「彼らが追ってこれないような場所ってないかしら」


「ああ、それだったら知ってるよ。誰も寄ってこない場所なんだ。というか、逃げていっちゃうんだ。あと、肉は?」


「とにかくそこへ案内して」


「わかったけど、肉は忘れないでね」


 礼拝堂にユマを連れていった。


 ユマの足が止まった。

 大きな絵画を不思議そうに眺めている。


「この絵、どこかで見たような……。思い出したわ!」


「肉入りスープの話、思い出してくれたの?」


「間違いないわ。あれは悪魔の絵画と呼ばれてる『ピイェアの絶望』。まさかこの学園にあるなんて」


 どうやら有名な絵らしい。


「ねえ、ユマ。不思議なことにね、こうやって僕が剣を持ちあげると、皆が逃げていくんだ」


「当たり前よ! 剣に触っちゃ駄目。すぐ鞘に戻しなさい。さもないと災いを呼ぶことになるわ」


 ドカドカと荒々しい足音。


 この礼拝堂に係員がどっとなだれ込んできたのだ。そのうちの一人が僕を見つけて怒鳴る。


「おい、何やってる。剣をもとに戻せ」


 言われたとおり、スパッと剣を鞘に突っ込む。


「おい、馬鹿! そんな返し方があるかっ」


 立ててあった鞘が倒れた。



 ゴゴゴゴゴ



 絵画からの音だった。


 その絵画から幼い少女が現れた。

 これで二度目だ。


 多くの係員が、この様子を目撃した。


「う、うそだろ……何だあれ……」


 係員たちの足がすくむ。我先にと逃げ出す者もいる。

 すると係員の一人が怒号を飛ばした。


「逃げるでない。俺はあの二人を捕まえろと言ったんだぞ。絵画を恐れるな。お前らの忠誠心はそんなものなのか!」


 皆、しぶしぶ逃げ足を止めるしかなかったようだ。

 震えながらも立ち止まる。


 幼い少女が静かに、そしてどこか勝ち誇ったように微笑む。


 その瞬間、何もないはずの空間がざわめいた。


 絵画の周りに多くの手が現れた。ぷかぷかと浮いている。どれもが手首の先だけという不気味なものだった。それら無数の手がいっせいに襲いかかる。この場の者たちの首を締めつけていった。


「ううう」

「か、かはっ……」

「んぐぐぐ」


 うめき声が響く中、大勢が苦しみながらバタバタと倒れていく。もちろん係員たちだけではなく、僕やユマの首も掴まれていた。


「な、なんなの? こんな魔法、聞いたこともない……」


 そんなユマの口から、泡が噴き始めた。

 このまま死んでいくのだろうか。


 でももしユマが死んだら、約束の肉入りスープはどうなる?


「ユマだけは殺させない!」


 幼い少女は僕と目が合うと、不思議そうに小首をかしげるのだった。


「皆が失神したというのに、なぜ平気でいられる?」


「なぜって言われても。なんとも感じないからなぁ~」


 僕の顔をじっと覗き込む。


「というか、お前はさっきわらわを絵画に再封印したヤツだな」


 僕は首にかかっていた手を怨力でしぼませた。


「それよかさ、オシッコしたいんじゃなかったっけ?」


「お、思い出した! わらわは長いこと尿意を催してて……」


「でもさ。それ、きっと気のせいだよ。だって、あんたは亡霊でしょ? 亡霊はオシッコしなくても大丈夫だもん。きっと亡霊になる直前、我慢しながら死んでいったんだね」


「えっ、気のせい? 用を足さずとも大丈夫だと? そんな馬鹿な。あっ、本当だ。尿意が収まった……」


「ね?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る