第11話 連れ去られた



 ガタイのいい旅人を殺害した奴隷商は、左脇にサラン、右脇に僕を抱えて走る。


 サランが目を覚ました。


「きゃああああ! 誘拐!」


 大声をあげても、奴隷商は僕たちを放さない。


 雨宿り場所の窪みから、冒険者の若い男女二人が追ってくる。

 サランの叫びは大きくなった。


「助けて~、助けて~」


 奴隷商は丘をのぼっていく。なかなか体力があるようだ。しかし追ってくる冒険者二人も、体力では負けていなかった。徐々に追いついてきた。


 女冒険者が杖を振る。放たれたのは魔導弾。


 一発目はかわされたが、二発目は奴隷商の右肩に当たった。


 おいおい、危ないな。

 僕に当たるところだったじゃないか。


 右肩にダメージを食らった奴隷商は、腕から僕を放した。

 抱えなおそうとしたので、僕は追い払うように手を振った。

 奴隷商を先に行かせようとしたのだ。


 奴隷商は僕をじっと見る。どうやら納得したらしい。

 サランだけを抱えたまま、ふたたび走るのだった。


 二人の若い冒険者はすぐそこに。

 男の冒険者がチッと舌打ち。


「捨ててったのはクソガキの方か。聖女のタマゴは絶対渡さん!」


 首肯する女冒険者。


「そうさ。大金を逃してなるものか」


 そんなことだろうと思った。


「お兄さんたち、まるで盗賊だね」


 僕は二人の前で両手を広げた。


「なんの真似だ」


「僕、姉から言いつけられててさ。あのおじさんを・・・・・・・ね、助けなければならない・・・・・・・・・・んだ」


「はあ? 何わけのわからんこと言ってんだ」


「念のために訊くよ。【護符】は持ってる?」


「そんなもん知るか!」


 僕は二人が持っていないと判断。

 だから最悪、殺すことになってもいいよね。


 男が殴りかかる。


 その太い腕を止めたのは、僕の長く伸びた髪だった。


「な、なんだ。こいつ……」


 今度は女が魔導弾を打ってきた。

 僕の髪が弾き返す。


「このガキ、ヤバいぞ。本気でやらなきゃやられる」


 男が言い終わると同時に、僕の髪が彼の片足を引きちぎった。

 ごめんね。加減、間違えちゃったみたい。


「うおおおおおおおお」


 男から悲鳴があがった。


 女は魔導弾を連発する。

 しかしどれも僕には届かなかった。


「これどういうことよ。どうして魔導弾が消えちゃうの?」


「俺に任せろ。天龍の雷よ、我が刃に宿れ——雷閃刃。クソガキ、喰らえ!」 


 空が光った。同時に爆音が轟いた。

 しかしそれで終わった。立派な名前の魔法は不発だった。


 僕の怨力が何もさせなかったのだ。


「馬鹿な……。雷閃刃が消えた? このクソガキ、化けもんか」


 二人は両手をあげて降参のポーズ。

 僕は一人、サランたちを追った。


 まもなくして——。



 ゴゴゴゴゴ



 背後に異変を感じた。


 振り向けば巨大な魔物が突進してくる。

 背中には二人の冒険者が乗っていた。


「あれっ? 降参したんじゃなかったの」


「従魔を呼ぶのに時間かかってね。さあ、鬼神牛。あの子を踏み潰して!!」


 懲りない人たちだな。


 僕の髪が真っすぐ伸びる。鉄よりも硬くなり、魔物を串刺しにした。牛の従魔は見かけほど強くなかった。


 ただ、背中に乗った二人の体も一緒に貫いていた。そのままピクリとも動かない。もう助からないだろう。


 そんなところに乗ってるから、巻き込まれるんだよ。【護符】さえ持ってたら良かったのにね。



 丘の上でサランたちに追いついた。


「キファ!!」


 サランが僕の胸に飛び込んできた。

 奴隷商が目を丸くする。


「若い冒険者二人はどうした。よく無事にここまでこれたものだ」


 僕はにっこり笑って、【護符】を取り出した。

 家族で作ったインチキグッズだ。


「これのおかげかな」


「あっ、それは」


 奴隷商の驚いたような顔。

 やはり【護符】のことを知っていたのだ。


 サランが奴隷商を指差す。


「キファ、一緒に戦いましょ。この悪者をやっつけるの」


 はたしてサランに何ができようか。ヒノキ棒――もとい聖なる杖は、雨宿り場所に置いてきたんだぞ。てか……。


「その人、悪者じゃないよ」


「何言ってるのよ、キファ。奴隷商じゃない」


 僕は奴隷商を見あげた。


「ねえ、なんで奴隷商なんて嘘を?」


「どうして俺が嘘をついたと言うんだ」


 眉根を寄せながら、逆に訊いてきた。


「僕と同じ【護符】を持ってるでしょ?」


 そう。このおじさんのことを、さっき思い出していたのだ。


 このおじさんのパーティの人たちは、僕の父にそそのかされて【護符】を買ったことがあった。でも僕と姉は彼らを尾行し、ダンジョンで彼らの命を救った。すると翌日、【護符】の謝礼として高級肉を手に、わざわざ家にやってきた。


 そんな律儀な人が悪者だなんて思えない。


 それからもう一人。ガタイのいい旅人についても、同時に思い出していた。彼を見かけたのは町の神殿だ。あのとき乱入してきた盗賊団の一人で、隅っこで見張りをさせられていた男だった。てっきり全滅したものだと思っていたけれど、盗賊団で生き残った者もいたというわけだ。


「おじさん。お肉ありがとね。美味しかったよ」


「肉? ええと、お前は……」


「うん。僕のお父さんは国一番の占い師なんだ」


 自称奴隷商は、ふうっと息を吐き、その場に腰をおろした。そして「俺はおじさんじゃねえ」と言い、すべてを話してくれた。


 まず自分を奴隷商だと言ったことについて。


「そりゃ決まってる。悪ガキの恐れる奴隷商を名乗っておけば、危険な町の外を二度とウロウロしないだろ」


 サラン、聞いた? サラン対策ってことだよ。

 こういう人が増えれば、僕は連れ回されずに済むのだ。


 続いて、ガタイのいい旅人を刺殺した話だ。


「皆が寝静まった頃、くだらない話を持ちかけてきたんだ。ガキ二人を奴隷として売り飛ばそうって。俺を奴隷商だと本当に信じてたんだな」


「でも殺す必要はあったの?」


 あっ、僕の言えるセリフじゃなかった。


「あのときは殺さなけりゃ、もう止められなかったんだ」


 サランは感激したらしい。


「わたしたちを守ってくださったの? ありがとう、お兄さん。さっきわたしたちを連れて走ったのも、助けるためだったのね」



 最後に若い冒険者二人のことについてだ。


 二人組パーティというのは、まったくないわけではない。だが疑うべきだと思ったらしい。実際、嫌な予感しかしなかったそうだ。


「冒険で仲間を失い、帰れたのは一人か二人……。そんな話をよく聞くんだ。特に若手の場合、武具やポーション等をそろえるため、借金までしてることもある」


 サランは「なるほど」と手を打った。


「戦利品を持ち帰れなくて、借金返済ができない。だから子供の誘拐とか悪事に手を染めるのね」


 彼ら二人がこれに当てはまるか否かは、もちろん不明。

 けれど僕たちを追いかけ、襲ってきたのは事実だ。


 ふと思った。借金に追い詰められた冒険者は、二つの選択に迫られるわけだ。


 まず一つは、仕方なく誘拐などの悪事を働く。

 もう一つは、父のような占い師にすがりつき、なけなしのカネまで搾り取られる。


 どっちも救われないな。


 だけど、護符を買わされるのって、案外ラッキーなのかもしれない。ダンジョン冒険で、エーラや僕にこっそり守られることもあるのだから。


 おや? そう考えると……。


 父は知らずのうちに、たくさんの子供たちを誘拐から守ってた?

 クズのくせに。もう一度言おう。クズのくせに。



 このあと僕とサランは、自称「お兄さん」に叱られた。

 子供だけでこんなところまで来るべきではないと。

 それでも僕たちを町まで送ってくれた。




 風が吹いた。


 思わず目を瞑る。そっと瞼を開けた。

 空が真っ白に。太陽も白かった。地面だってそうだ。

 なのに、足の裏にはちゃんと固い地面の感触がある。


 不思議なことにサランの姿が見えない。

 自称「お兄さん」もいなくなった。


 ついさっきまで一緒にいたのに。

 これ、どうしちゃったのだろう。


 ザーという音が聞こえてきた。


 川? そう思った直後、本当に川が見えた。

 いままで川なんてなかったのに。ここはどこ?


 誰かが言った。


「ここはクオン聖渓谷」


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