第10話 雨宿りは物騒だった
サランをおいて走って逃げた。いいや走らされた。逃げさせられた。そういうの、本当は疲れるから嫌だった。
もうこのまま家に帰ろうか。
と思っていたら、また魔物がやってきた。
名前は……タイガーなんとかって言ったはずだ。
黒い縞模様の入った大型獣で、ダンジョンで偶に見かけるやつだけど、ベテラン冒険者がよく手こずっていたっけ。
牙を剥いて襲ってくる。
どんな鋭い牙でも僕には届かない。強大な怨力が僕のカラダを守ってくれるからだ。怨力をさらに高めると、タイガーなんとかは血を吹き出し、倒れてしまった。どうやら死んだようだ。
そろそろ戻ってみてもいいかな。
サランのいる方へと引き返す。
いた。
サランは魔物と対峙し続けていた。
僕に気づいたようだ。
「どうして戻ってきたのよ」
「なんとなく?」
「い、いくらあたしのことが心配でも……」
サランがほんのり頬を赤らめる。
「ん?」
「しょうがないわね。もう少し待ってて、キファ。全力で魔物を倒すから」
相手の魔物はスライム。
サランがヒノキ棒でバシバシ叩く。
聖なる杖の使い方、間違ってると思うんだけど。
叩かれた部分は、痛々しく変色していた。
スライムは瀕死状態だが、まだかろうじて生きている。
なおも打撃音が響く。
エーラは魔物を一撃で倒すことが多かった。だけどサランはジワジワと時間をかけ、苦しめながら倒すタイプらしい。残酷で恐ろしい女だ。
やがてスライムは動かなくなった。
「どんなものよ」
サランの顔は誇らしかった。
「すごいよ、すごい」
一応、褒めておいた。もしエーラだったら、褒めないでいると機嫌が悪くなる。だからいつも褒めてやっていた。サランにも同じ対応をしたまでだ。
「当然よ。だってわたしは聖女のタマゴよ」
聖女のタマゴだったら、叩いて殺すんじゃなくて、魔法で殺すもんじゃないかな。
ゴロゴロゴロと雷が鳴った。
「雨、降りそうだわ」
「そうだね」
「きょうのところは帰ろっか」
「そうだね」
やったぞ、やっと帰れる。
僕たちは森を出た。
とうとう雨が降ってきた。かなり激しい雨だ。崖下の大きな窪みで、雨宿りすることにした。焚き火の跡があった。最近のものではなさそうだ。
しばらくすると、ずぶ濡れの男がやってきた。
僕たちを見て言う。
「先客がいたか。悪いが、俺も雨宿りさせてもらうぜ」
窪みの中央に座った。サランが彼に問う。
「おじさん、冒険者なの?」
「はあ? おじさんじゃねえ! お前らこそ、こんなところで何やってるんだ」
「わたしたちは虚仙様に会いに行ってきた帰りなの。結局、クオン聖渓谷は見つからず会えなかったけど。で、お兄さんは?」
サランは『おじさん』から『お兄さん』に呼び方を変えていた。僕は『おじさん』の方がぴったりだと思うけど。
「俺は単なる【奴隷商】だ。きょう二人の奴隷を納品してきた帰りだ」
サランの表情が少し強張った。
ところで、この奴隷商……誰かに似ているような気がする。
はて、誰に似てたっけ?
雨宿りにもう一人やってきた。【ガタイのいい男】だ。
雨は降りやまない。
また誰かやってきた。今度は【若い男女二人】だ。
この場にいるのは六人。
僕、サラン、奴隷商、ガタイのいい男、若い男女。
奴隷商が、ガタイのいい男と若い男女に問う。
「あんたらは何もんなんだ? 俺は旅の商人みたいなものだが」
奴隷商とは言わなかった。
先に答えたのは、ガタイのいい男だった。
「俺は単なる旅人だ。決まった職があるわけじゃねえ」
この男の顔も、奴隷商と同じく、誰かに似ているような気がした。
続いて若い男女。
「あたしと彼は冒険者。一緒にパーティを組んでるの」
たった二人のパーティとは珍しい。
彼ら二人がこっちを向く。
「あなたたちはどこから来たの?」
「わたしとキファは、丘の向こうの町に住んでるの。森を冒険してきた帰り道よ」
今度は若い男が訊いてきた。
「なんでまた森なんかに?」
サランが胸を張って答える。
「だってわたしの天職は聖女なのよ。虚仙様に会っておかなければならない。今回、残念ながらクオン聖渓谷は見つからなかったけど」
得意そうに笑みを浮かべている。
そんなサランは徐々にその二人組に近づいていった。
奴隷商に指を向ける。
「この人、奴隷商なの!!」
「「……」」
サランの声が窪みの中に響いたが、その言葉に反応する者はいなかった。強いて言えば、若い男女が一瞬だけ顔を見合わせただけだった。
小さな子供にとって奴隷商は恐ろしい存在だ。親が躾のために子供を叱るとき、よく『悪いことする子は、奴隷商に連れていかれるよ』なんて言う。
しかし強盗などとは異なり違法ではない。認可を受けた奴隷商は、子供を誘拐なんてしない。親などの保護者と、きちんと売買契約を結ぶのだ。
若い女冒険者が奴隷商に尋ねる。
「その子たち、あなたの商品なの?」
「いいや。この雨宿りで一緒になっただけだ」
するとガタイのいい旅人が笑う。
「だったら俺の商品にしてしまおうか。ひっひっひっ。冗談だ」
死んだ従魔のおじさんと同じ笑い方だった。
話はそれで終わった。
激しい雨は続いた。
夜が深まり、皆、この窪みの中で眠った。
サランに蹴られて、僕は目を覚ました。寝相の悪さはエーラにそっくりだ。サラン本人はまだぐっすり眠っている。
そんなとき、殺気を放っている人物が一人。
短剣を高く振りあげる奴隷商の姿が見えた。
その殺気は、もちろん僕に向けられたものでなければ、サランに向けられたものでもなかった。
標的はガタイのいい旅人だった。奴隷商によって滅多刺しにされた。もはや生きてはいないだろう。
でも何故? 奴隷商はガタイのいい旅人が邪魔だった?
この加害者と被害者の二人――すなわち奴隷商とガタイのいい旅人について、誰かに似ているとずっと思っていた。
今、ようやく思い出した。
誰かに似ていたのではない。ただ、見かけたことがあったのだ。
それぞれ、あのときと、このときだ……。
奴隷商は僕とサランのもとにやってきた。
そして僕たちを抱えて走り出した。
雨はやんでいた。
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