第26話 動き出した影
ジークヴァルトが城を出る、およそ半刻前。
「ねえねえ! ジークヴァルト様と姫様、今頃何してるかな? 外套も完成しそうだったし、チューでもしてるかな? してるかな??」
色付いた木々の葉も半分以上が落ち、足元に色彩豊かな自然の絨毯が広がる森の中。
ザクザクと葉を踏み鳴らして歩きながら、キースの隣、メルナリッサが目を輝かせ興奮気味に言った。
普段よりゆったりとした服で、裾が足首でぎゅっと絞られたズボンを履く彼女は、昂る気持ちを逃すように、固まり山になった落ち葉をバサリと蹴る。
二人の恋の行方を純粋に喜んでいるだけのメルナリッサとは対照的に、キースは僅かに表情を曇らせた。
「……どうでしょうか。このまま彼女がジークヴァルト様の伴侶になって下されば良いですが、最近のお二人の様子、少し気になりませんか? 距離があるというか……」
「確かにそれは思うけど……あれじゃない? 結婚しよって言う前に、二人ともちょっともじもじしてるだけじゃない?」
口を尖らせつつ、主人の感情の揺らぎには気付きながらも、楽観的な意見を話すメルナリッサに、キースはため息を吐いた。
「メルナリッサ、貴女はもう少し男女の機微というものを学んだ方が良い。そんなんだから私は──はあ、お喋りはおしまいですね。早く仕事を片付けて帰りましょう」
徐ろに歩みを止めたキースは、声を低くし瞳を冷たく細めると、じっと目の前に広がる木々の奥を見据える。
城を出た時には確かにあった、森に響く鳥達の囀りは、今はどこからも聞こえない。
風もないのに、木々の間、暗がりがざわりと揺れた。
二人はただ散歩をしに森へ入ったのではない。
ジークヴァルトから任せられている中でも、一番重要な仕事──魔物狩りのためにここまで来ていた。
自然から漏れ出た魔力が自我を得た精霊と違い、不安や恐怖を多く含む、人間の魔力から生まれた魔物は、凶悪で残忍な自我が芽生えてしまう。
精霊や魔物の強さは、集めた魔力の量に左右されるため、魔力核を取り込んで時間が経てば経つ程、消滅させるのに手間がかかる。
さらにこの森は、漏れ出た人間の魔力を集める魔法が掛かっている。
オルフェやナナレと同じように、完全に魔力核と馴染み自我を持った存在になれば、倒すのも一苦労で相当厄介だ。
そのため、黒いモヤの状態や、魔力核と融合してすぐの状態までで、見つけ次第早急に狩っておかねばならないのだ。
これまではジークヴァルトが頑なに一人でその役目を担っていたが、今はラーラマリーが城にいるため、春からようやくキースとメルナリッサにもその仕事を任せて貰えるようになっていた。
「準備は?」
キースは視線を森へ向けたまま尋ねる。
すーと息を吸い込み瞳孔が縦に伸びると同時に、両手に集めた魔力がパキパキと凍るように形をとり、みるみるうちに彼の手の中に、身長程はある水晶でできたような大鎌を作り出した。
隣で同じように森を見つめるメルナリッサは、普段の彼女の様子とはガラリと変わった好戦的な表情で、縦に伸び開いた瞳孔を爛々と光らせ、腰を低くして大股を開いた構えの姿勢をとる。
「私も準備ばーっちりだ、よ!」
目を見開き、歯をぎらつかせ口角を上げると、ビキリとこめかみに青筋を浮かべて全身に魔力を纏う。
すると彼女の身長はぐんと伸び、十七、八歳程の体格に変化した。
小さな体ではゆったりしていた服は、すらりと伸び引き締まった四肢には丁度良い。
キースはチラリとその姿を横目で見ると、小さくため息を吐いた。
「……普段からその姿でいれば良いのに」
不満げに呟いたキースの方を見る事もなく、メルナリッサは構えた拳に魔力を凝縮させながらその意見を拒否した。
「やだよ。魔力貯めとくなら、ちっさくなってる方が効率いいもん。今日はいっぱいブン殴っちゃうからねー!!」
「はあ……地竜は体の作りが本当にめちゃくちゃですね」
「水竜の創造魔法の方がめちゃくちゃだよ」
「……それじゃあ、始めますか」
キースはそう言うと、大鎌を構えていない方の手をぎゅっと握り、魔力を小さな氷の粒に変え、それを目の前の木々の方へと放り投げた。
その瞬間──。
──ザザザザザザザザザ!!!!
地に落ちていた葉や草を大きく鳴らしながら、木々の間から大波が迫るように、ぶわりと大量の黒いモヤが二人の方へ広がり出てきた。
まるで意思を持って腕を伸ばすような黒いモヤからは、何本もの帯状の影が飛び出し、放った魔力の塊である氷の粒を巻き取ろうと、うねり集まって来る。
魔物は強い魔力に惹かれるため、まだ核を持たない黒い波は、キースの放った魔力の結晶を魔力核にしようとしているのだ。
キースは大鎌をゆらりと後ろへ大きく振り被り、粒を掴まれるより先にその無数の黒い帯をザン、と一瞬で薙ぎ払った。
ボトボトと落ちた影が集まり、蠢きながらもう一度未だ宙にある氷へ伸びようとする。
「メルナリッサ!」
その声を合図に、メルナリッサは思いきり高く跳躍すると、落下する勢いもそのままに影の塊をドっと地面を割りながら殴りつけた。
衝撃で霧散していくそれを最後まで見守る暇もなく、広がる黒い波からは次々と影が伸びてくる。
「擬似的に魔力核を作って餌にしているとはいえ……今日はやけに量が多いな」
終わらぬ影の猛襲に大鎌を振るい続けるキースは、普段と違う様子を訝しんだ。
「キース、もしかして疲れて来た?」
メルナリッサが振り返ってキースに視線を向けた──その時。
「──メル、危ない!!!!」
顔を歪ませ声の限りに叫んだキースが、どっとメルナリッサに覆い被さるように倒れ込む。
地に背をつけたメルナリッサがキースの肩越しに見たのは、ほんの一瞬前まで自分が立っていた場所に刺さる、槍のような鋭い無数の黒い影だった。
すぐに立ち上がり体制を立て直す二人の耳に、木々の奥から不気味な声が聞こえてきた。
《ほう……あれを避けるのか。くく……楽しいなあ、楽しいなあ》
愉悦を滲ませたその声に、キースとメルナリッサは全身の毛穴がぶわりと開き、警戒を強めてじっと黒い波の奥を見据え拳と大鎌を構える。
しゅん、と槍型の影が声の方へと引き戻されると同時に、黒い波が一気に森の中へ引いていく。
二人の視線の先にそれらが全て集まると、暗闇の中から、ゆっくりと人の形をした影が現れた。
(──まずい)
キースがそう思った瞬間には、メルナリッサがジークヴァルトに応援を求めるための咆哮を上げていた。
《クアーーーアアァン!!!!》
何重にも重なる大きな叫び声が、ビリビリと空気を震わせ頬が痺れる。
二人は目の前で笑みを浮かべる人型の黒い影と対峙した瞬間、その危険性を本能で理解した。
(あれは、まずい。あの魔物は──)
キースは、メルナリッサを庇うように彼女の前に体を滑らせ、大鎌を握る手に力を込めた。
背中にジワリと冷や汗が伝う。
(なんだ、この魔力の量は……まるで契約無しでジークヴァルト様と対峙しているような……。形を成してから三百……いや、四百年は経っていないと説明がつかない)
視線を外すこともできず凝視する二人に、人型の魔物が底意地の悪い声を出した。
《ジークヴァルトを呼んでくれたのか。助かるよ。私は『
言葉の意味がわからず、キースとメルナリッサが眉間の皺を深くすると、魔物は大声で笑った。
《あははははは。そう怯えるな。お前達には用はないからなぁ。じゃあな。お前達は暫くここで大人しく遊んでいるといい。はあ……楽しいなあ、楽しいなあ》
人型の魔物はそう言うと、自身の足元へ向かって水の塊が崩れるようにドプンと沈み込み、今度はその場からじわじわと地を覆い尽くさんばかりの黒い影が広がった。
足元に広がった一面の闇から、キースとメルナリッサを取り囲むように、ゆらりとたくさんの影の塊が立ち上り、人の形を成そうと揺らめいている。
「……何これ……」
キースにぴたりと背を合わせ、拳を構えたまま顔色を悪くしたメルナリッサが、声を震わせ呟いた。
「……まだ時間は経っていないようですが……この影全て、恐らくそれぞれが魔力核を取り込んでいます。……メル、陛下がいらっしゃるまで、頑張れるか?」
「……キースも、絶対怪我しないでね」
頷いたメルナリッサの言葉が終わると同時に、二人は目の前の影達に向かって走り出した。
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