第3話 うちが拠点になりました

「ゆーくん、お風呂借りた~!いい湯だった!」


 濡れた髪をタオルで拭きながら、ファルルが当然のようにリビングへ入ってきた。


「……は?」


「いや~地球のお風呂って最高~モルモル星は重力がちょっと違うから湯船がないんだ~」


「風呂入ったの!?しかも先に!?」


「うん!」


「うんじゃねぇよ!」


 さっきまで一緒に夕飯をパクパク食べていたかと思えば、もう風呂まで入っている。

 こいつ、家を完全に自分ち扱いしてないか?


「ねぇゆーくん」


「なんだよ」


「ドライヤーってどこ?」


「母さんに聞けよ!」


 といいつつ、俺は半ば反射で洗面所を指さしていた。

 流されてる……完全に流されてる……。


「ありがと~!」


 ファルルは裸足でぺたぺた歩き、洗面所へ向かった。

 そこへ母さんがリビングに戻ってきた。


「悠。ファルルちゃん、髪乾かすの慣れてないみたいだから、手伝ってあげなさい」


「なんで俺なんだよ!?」


「若い子同士なんだからいいでしょ?」


「若い子って……いや違う違う!そういう問題じゃない!」


 ファルルがドライヤーを片手に持って、ふわっと戻ってくる。


「ねぇゆーくん。これ、どうやって温風出すの?」


「スイッチ入れるだけだよ!」


「これかな??」


 ピッ。


 ブォォォォォッ!


「熱っ!?わっわっわっ!」


「近すぎんだよ!」


 俺は思わず手を伸ばし、ファルルの髪との距離を調節した。


「ほら、こうやって……少し離して……」


「お?……やさしい?」


「やさしいじゃなくて、火傷するからだよ!」


「ゆーくんの手、あったかい?」


「やめろその感想!」


 気付けば、母さんがスマホで撮影していた。


「良いショットね~若いっていいわねぇ」


「撮るなぁぁぁぁぁ!!!」


 しばらくして、ファルルの髪はふんわり乾いた。


「ありがとゆーくん!」


「二度とやらん……!」


 俺がぐったりしていると、ファルルはキラキラ笑って言った。


「じゃあ、これからよろしくね! ゆーくん!」


「……は?」


「今日からここに住むから!」


「はぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


 隣で聞いてた母さんは普通に頷いている。


「そうよねぇ。宇宙船壊れちゃったら仕方ないわよねぇ」


「母さん!?なんで?」


「困ってる子を助けるのは当然でしょ?」


「いやこいつ困ってるか!?転移できるのに!?」


「それでも困ってるのよ?」


「意味が分からん!!」


 ファルルはソファに座り、勝手にテレビのリモコンを手に取った。


「ゆーくん、このチャンネルの人、面白いね」


「勝手にチャンネル変えるな!」


「ゆーくんは何見るの?」


「……最近は……深夜アニメとか……」


「あ、そっか!参考になるかも!」


「なにの参考になるんだよ!」


「魔法少女のポーズ研究!」


「やめろぉぉぉ!」


 そのあと。

 母さんは当然という顔でファルルの寝床を準備し始めた。


「えっと……ファルルちゃん、どこに寝る?」


「ゆーくんの部屋!」


「絶対ダメ!!」


「え??なんで?」


 ファルルは本気で驚いた表情をしている。


「なんでじゃねぇよ! 俺が困るんだよ!」


 母さんはふふっと笑って言う。


「悠。あんた高校生でしょ?別に一緒に寝たって――」


「誤解すること言うなぁぁぁ!」


「じゃあリビングに布団敷こうか?」


「うん!リビングでもいいよ~!」


「よかった……」


 俺は心底ホッとした。


 ◆ ◆ ◆


「あ゛あ゛あ゛~」


 風呂のお湯が身体に染みる。

 疲れたなぁと息をつくと、自然と今日のことが思い浮かぶ。

 背中からもぞもぞと気持ち悪い感覚が這い上がる。


 ひらひらの衣装……。

 湯船に潜り込む。


 あんな、あんな。

 ジタバタが止まらない。


 ……。


 うちわで扇ぎながらソファで横になる。

 ちょっと長風呂が過ぎた。


「……疲れた……今日は早く寝よ……」


 何度も思い返す度に全身の力が抜ける。

 スカートのスース―する感触を思い出して最後、魂が半分抜けかける。


 そこに――


「ゆーくん、お水ちょうだい!」


「……はいはい……」


「ねぇゆーくん、このクッションふわふわ?」


「それ母さんのだよ……!」


「この家、最高~!」


「俺の心は最低だよ!」


 ファルルはもう完全にうちの子みたいにリビングを満喫している。

 母さんはというと、「ゆーくんもやっとよねぇ」とか言ってるし。


 俺は頭を抱えた。


「……どうすんだ本当に……」


 だが、聞き流すようにファルルが言った。


「ゆーくん」


「なんだよ」


「明日も魔獣倒しに行こ?」


「行かねぇよ!」


「行くよ?パートナーでしょ?」


「パートナー言うな!!!」


 俺のツッコミと絶叫は、

 今夜も、そして多分これから先も響き続けるのだろう。


 静かな日常は――

 もう二度と戻ってこない。


 ◆ ◆ ◆


 夜も更けてきて、家の中は静かになる。

 俺はベッドに横になり、うつろな目で天井を見つめていた。


「……今日、俺の人生はどうなったんだ」


 朝まで普通の高校生だったのに、宇宙船は落ちるわ、美少女は家に住むわ、魔法少女にされるわ、魔獣と戦わされるわ――。


「おかしいだろ……落ち着けよ……」


 ふとリビングから音がする。

 気になって行くと、ファルルは布団の上に座り、お茶をすすりながらテレビを見ていた。


 ……うわぁ。


「ゆーくん、これ面白い!」


「いやもう寝とけよ……」


「へへ、楽しみすぎて寝れな~い」


「子どもかお前は」


 ファルルは布団にごろりと横になり、俺のほうへ顔だけ向ける。


「ねぇゆーくん」


「……なんだよ」


「明日もいっぱい頑張ろうね!」


「頑張らねぇよ!」


「やる気スイッチ、入れておいてね?」


「そのスイッチどこにあるんだよ!」


「胸のあたり?」


「適当に言うな!」


 母さんが廊下からひょっこりと顔を出した。


「あら、ファルルちゃん、まだ起きてたの?」


「は~い!」


「ふふ。悠、あんまり夜更かししたらダメよ?」


「俺じゃねぇよ!そいつだよ!」


「お母さんねぇ、嬉しいのよ。悠がついにお友達……しかも女の子を……」


「そこに喜ぶな!状況はもっと深刻なんだよ!」


「まぁまぁ。ちゃんと気をつけないとだめよ!でも若いって素敵ねぇ?」


「話聞いてくれない……!」


 母さんは満足げに引き返していった。


「いいお母さんだね?」


「お前が暴走しなきゃもっと平和なんだよ!」


 ファルルはようやく布団に潜り込んだ。


「おやすみ~ゆーくん!」


「ああ、おやすみ……」


 俺はリンゴジュースを飲んで、ファルルを横目に自分の部屋に戻る。

 あいつも一人で寂しいのかな。

 でも俺の居場所が一気になくなったような気がする。


「……俺、これからどうすんの?」


 頭を抱えていると――


「……ねぇゆーくん」


「起きてたんか」


 布団からファルルの声がした。


「明日ね、学校行くんでしょ?」


「うん……行くけど」


「僕も行こっかな~って思って」


「はあああああああ!?」


 リビングに俺の悲鳴が響いた。


「なんで!?なんで学校!?」


「だってゆーくんの生活知りたいし?」


「知る必要ある!?俺の学校生活、宇宙人向けじゃないぞ!?」


「地球文化の勉強もしたいし~あ、制服ってあるの?」


「制服!?学校見学とかじゃなくて、入学するつもり!?」


「うん!」


「軽ッ!!!」


 いやいやいや、そんな簡単に転校できるか。

 というか、大丈夫であってもこんだけの美少女が行けば騒がれないはずがない。 

 拒否だ。そして阻止だ。


「無理だって!お前、戸籍すらないんだぞ!?」


「あるよ?」


「どこに!?」


「ここ!」


「ここって……俺ん家!?」


「うん。今日からだから!はい決定~!」


「決定権お前にねぇよ!!!」


 ファルルは布団から半身を出して、ウキウキした声で言った。


「ゆーくんと一緒に登校?楽しみ?」


「やめろぉぉぉぉぉ!!」


「だってゆーくんパートナーでしょ?」


「パートナー言うな!!」


「制服ってどんな形なの?」


「形?」


「ゆーくんスカート似合うよねぇ~」


「えっいや、ズボンだし、スカートじゃねぇし」


「でも魔法少女よかったよ?」


 ぐっと拳を出してきたが、うっとうしい。


「それと比較すんなよ!!!」


 ファルルはけらけら笑いながら、布団にもぐった。


「じゃ、明日は早起きしよ。おやすみ~!」


 ファルルは本気で寝たらしい。


 ◆ ◆ ◆


 部屋からは宇宙船の影がカーテン越しにゆらりと映っている。


「……どうすんだ俺」


 今日だけで、人生は完全にねじ曲がった。

 明日はさらに厄介なことになりそうだ。


 学校に宇宙人連れていくとか……いや無理だろ絶対……。


 俺はため息をついて、天井を見上げた。

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魔法少女になりたくない とと @toto3haha3

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