会いたいのに

 翌日、梓が朝食を共にした後、さっさと帰って行った。

「え……」


 私は玄関で立ち尽くす。


 梓は行かないの?


 まさか、私が一人で行くなんて。


 うーん、ちょっと待ってよ。


 一人で病院なんて、行きづらいじゃない。


「大丈夫でございますか、彩お嬢様?」


 矢吹がすぐに声をかけてきた。


「ええ、なんとかね」


 軽く笑ったけれど──胸の中は、何もかもがぐちゃぐちゃだった。


 病院までの道のりは、いつもより長く感じる。


 あんなに会いたかったはずなのに、今、藤原に会うのが怖い。


 病院に到着して、受付で告げられた言葉が、私の心に冷水を浴びせた。


「申し訳ありません、お嬢様。


 藤原は、面会謝絶ということになっております」


「ちょっと……」


 思わず声が震える。


「美崎が言ってたじゃない。

 彼の親はお見舞いに来てるって……どういうことよ?」


「申し訳ございません。


 藤原様が……彩お嬢様にだけはお会いしたくないとおっしゃっておりまして」


 その言葉が、胸を激しく締めつける。


「どうして……」


 言葉にできない怒りと悲しみが、まるで手のひらを絞るように心を痛める。


「もういいわ!」


 私は顔を背けて、病院のロビーを走り抜けた。


 知らない、もう藤原なんて!


 一瞬でも、私が藤原と恋人になれると思った自分が、ただのバカみたいだ。


 その場で声を上げて泣きたいのに、泣けない。


 涙が込み上げる前に、ただひたすらに走って、リムジンに乗り込んだ。


 ドアが閉まる音だけが響いて、私はただ、ひたすらに泣いた。


「お嬢様?


 どうされましたか?」


 矢吹の声が、遠くから聞こえる。


「矢吹、黙ってて!」


 私は涙声で叫んだ。


「お願い、一人にして……」


 無理だ。


 私はどうしても彼に会いたかった。


「バカ藤原……」


 私は自分の手で顔を覆い、息を荒くしながら繰り返した。


 気がついた時には、


 私は別荘のベッドに横たわっていた。


 体がだるい……頭も重い。


 なぜか、点滴までされていた。


「点滴?」


 思わず自分の腕を見つめる。


「あ、お目覚めですか、彩お嬢様」


 矢吹の声が、少し遠くから聞こえた。


 目を開けて、矢吹を見上げる。


 彼は、私の体調を気遣うように静かに立っている。


「あれ……どうして、点滴?」


 私は弱々しく問いかける。


 矢吹は少し沈黙してから、優しく答えた。


「お嬢様、少しご無理をなさっていましたね。


 生理による貧血と、栄養が足りていなかったため、少々体調を崩されたようです。


 それで、点滴で水分と栄養を補充させていただきました」


「貧血……


 栄養不足?」


 思い出すと、確かに最近は食欲もなく、あまり食べていなかった。


 生理痛で動けない日も多かったから、栄養も偏っていたかもしれない。


「確かに、疲れていたのかもしれないわ。


 いろいろあったもの。


 心配かけて申し訳ないわ、矢吹」


 矢吹は優しく笑った。

「お嬢様、謝罪の言葉など必要ございません。


 体調が悪くなるのは、誰にでもあることですから」


 私はふっとため息をつく。


「でも、どうしてこんなに弱ってるんだろう。

 普段、こんなことないのに……」


 矢吹は少し考えてから答える。


「お嬢様が思っている以上に、無理をされていたのかもしれません。


 心身ともにお疲れでしたから、少し休まれるとよろしいかと思います」


 確かに、あれからずっと、心の中で何かが引っかかっていた。


 藤原のこと、そして美崎のこと、自分の想い――


 それが私をどこかで追い詰めていたのかもしれない。


「ありがとう、矢吹」


 私はその言葉を素直に伝える。


 矢吹はただ静かに微笑むと、私のそばに椅子を引いて座った。


 そのとき、ふと思い出した。


「でも、さっきの話……藤原のこと、どうするつもり?」


 矢吹は少し目を細めて、答える。


「お嬢様、藤原様のことは、まずは冷静に考えた方が良いかと。


 お体も回復されていない今、無理に会いに行くのは避けた方がよろしいかと思います」


「うん……そうね」


 確かに、今の私の体調では、まともに会うことさえできない。


 藤原に会うことが、今私にとって本当に必要なのか、もう一度考えるべきだと思う。


「でも、矢吹……」


 私は少し悩んでから口を開く。


「藤原が私に会いたくないって言ったこと、どうしても納得できないの。


 彼が私を避けている理由が、分からない」


 矢吹は静かに頷いた。


「お嬢様、藤原様にも事情があるのかもしれません。


 ただ、その理由を無理に突き詰めるのは、今は避けた方が良いかと存じます」


 私は黙って聞いていた。


 矢吹の言う通りかもしれない。


 でも、私の気持ちは、どうしても藤原のことを気にせずにはいられない。


 そのまま、しばらく静かな時間が流れた。


 矢吹が心配そうに私を見守る中で、私は少しずつ、気持ちが整理されていくのを感じた。


 体調が戻れば、もっと冷静に考えられるかもしれない。


 それまで、無理に答えを出さなくてもいい。


「矢吹、ありがとう」


 私は再び、心からそう言った。


 彼の存在が、今はどれだけ支えになっているか、改めて感じる。


「お嬢様……」


 矢吹が静かに微笑む。


「無理をせず、ゆっくり休んでくださいね。


 必要であれば、私はいつでもお手伝いします」


「ありがとう、矢吹」


 私は再び目を閉じ、深い呼吸をした。


 今は、ただ休んで体力を回復させることが一番大事だと思う。


 少し時間が経つと、体がやっと楽になってきた。


 藤原のこと、美崎のこと、そしてこれから先のこと……


 焦らずに、少しずつ答えを見つけていこうと思う。


 でも今は、無理に答えを出さなくてもいいと、心の中で自分に言い聞かせる。


 そのまま静かに眠りに落ちていった。




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