獅身女(スフィンクス)
地下迷宮の大広間にぎこちなく舞い降りたそれ―うら若き乙女の顔―は悩まし気な視線をこちらに投げかけた。
誘いに乗るのはやぶさかでない。
首から下の獅子の身体と大鷲の羽根がなければだが。
艶めかしい唇から凛とした言葉が響く。
「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足。これは何?」
迷宮を探索していた俺達はあっけにとられた。言葉をしゃべる怪物に会ったのは初めてだ。ただの怪物ではないのかもしれない。
後衛の長耳族の魔術師が呟く。
「こいつ、きっと、スフィンクスだよ…」
獅身女。おとぎ話として伝わる、古代の砂漠の都を襲ったという神の使い。旅人を捕らえてはなぞかけをして、解けない者を喰らったという。
それがこいつなのか?ならば答えは…
「『人間』だ!」
隣にいた戦士が叫んだ。その声に獅身の女は整った眉をぴくりと動かし、身体をすぼめる。
硬直した怪物の反応をうかがうため、戦士が足を踏み出した時だった。
女性の口が耳まで割けて、身体に溜め込まれた炎が噴き出される。火達磨にされた男は床を転がりながら苦悶の呻き声を上げた。
もはやこいつが神の使いだろうがただの怪物だろうがどうでもいい。俺は即座に床を蹴り、剣を右肩に担ぎながら駆け出した。
獅身女はこちらに真っ直ぐな視線を射掛け、再び声を上げる。
「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足…」
言い終わる前に、右肩に乗せていた剣へ全体重を乗せて、力の限り脳天へと振り下ろす。斬るのではなく相手の防御ごと叩き潰す実戦の剣技。
ぐちゃり、という寒気のする音を立て、顔の半分まで頭を潰された獅子は狂乱し、四方八方へと爪を振り回す。視覚を失った獣をあやすかのように、振り終わりに合わせて2撃、3撃と赤く崩れた顔面に休みなく叩き込む。
乱打された獅子は、最後に前足で力なく虚空を振り払った後、すでに人の面影を失った顔面から床に倒れ込んだ。体内のガスが爆発したかのように獅子の身体が炎に包まれて、血が霧散し肉が焼ける嫌な臭いが充満する。
頭を潰した感触は紛れもなく人間のものだった。何度も経験があるから間違いない。
屈強な獅子に人間の脆弱な頭と下手くそな飛翔しかできないお飾りの羽根、おとぎ話と同じ意味深ななぞかけ。
こいつは神の使いなんかじゃない。
おそらくは
獅身女はいわば廉価版キマイラといったところだろう。魔道に堕ちた妖術師の練習作。伝説の獅身女になぞらえて、なぞかけを喋らせるのは趣味の悪い冗談のつもりか。古の時代とは違って、今や人間族以外にも長耳族、長髭族、甫人族が共に暮らしているというのに。
思考を遮るように、バタバタと不器用な羽ばたきが聞こえ、新手が舞い降りてきた。老婆、中年男、少年の顔を持つ3頭の獅子が口を開く。
「朝は」「朝は」「朝は」
もう"人間"じゃないよ。
哀れな犠牲者に届かない声で呟いた俺は、獣たちに向かって床を蹴った。
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