鎌鼬(かまいたち)
鎌鼬は遠い北の国に伝わる伝承であり、身を切るような凍えた風を擬獣化したものである。
冬の始まりを告げる木枯らしは足を掬い、雹を含んだ風が頬をしたたかに打ち付ける。裂傷のような鋭い痛みを感じるものの、血は肌を流れることなくただ赤く腫れ上がるだけ。
この様子を古の人は三匹の獣に例えた。
一匹目が人を転ばせ、二匹目は鎌で肌を裂き、三匹目は薬を塗って傷をふさぐ三位一体の化物。恐ろしくもユーモラスな描写には冬への畏敬と親しみの念を感じられるだろう。
無論、迷宮に現れる鎌鼬は冬の象徴のようなものではない。
灼熱の太陽が降りそそぐこの国では、地下深くといえども少し歩けば汗がにじみだす。空気の淀んだ密閉空間で、一陣の風と切られた痛みを感じたならば、まず自分の首が落ちていないかを確認した方がいい。
迷宮の鎌鼬は伝承の元となった忌まわしき獣であり、恐怖と嫌悪の対象にはなり得ても親しみを感じることはできないだろう。
必ず3匹一組で行動するこの獣は、ある部族の間では風の精霊として信仰されており、鎌のような鋭い爪を持ち、目にもとまらぬ速度で辻風のように獲物へと襲い掛かる。
最初の一匹目は足を狙い動きを止め、二匹目は胴を大きく切り裂き、三匹目は急所を貫く。薬を塗るという伝承はこの獣を目にしたことがない北の国の民の脚色だ。殺戮の風が吹き抜けた後に残るのは物言わぬ死体のみ。彼らは雑食だが、好んで食べるのは人の肉である。
一説には人間の皮を被り、人の世に溶け込む者もいると伝えられる。しかし、腹を空かせていなくとも遊戯で獲物を弄ぶ残虐性を持ち、同族でも容赦ない争いを愉しむという気質を有することから、人間社会で静かに生きていけるとは到底考えられない。これも北の国の伝承と同じおとぎ話の類だろう。
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