砂の国の夜の迷宮
Enjoy!上越!
泥人形(マッドゴーレム)
―
文字を男が球体に刻むと、球体を頂点にして汚泥が山のように盛り上がり、山裾はボコボコと音を立て何かを形作ろうと蠢いた。
腕、胴体、脚…
泥は瞬く間にヒトの似姿となり、男の倍以上の背丈はあろう身体を折り曲げて跪く。
最後の文字を刻んだ球体―頭部―には体を動かすための無数のまじないが編み込まれている。砂と犠牲者の体液を媒介とした秘術が産みだした泥人形。
王の腹心の魔術師、大賢者の女弟子、王女の双子の姉…かつて
自分も彼らに一歩近づいた。確信と自信から男はほくそ笑む。
魔道を極め、汚泥に生命を吹き込むことさえ成功した彼は、人の世であれば
だが、ここは地下十階。
血に飢えた獣や魔の者が闊歩する、常人なら足を踏み入れただけで卒倒してしまうであろう忌まわしき古代の都。
男は突出した魔術の才を拠り所とし、ひたすらに力を求めた結果、ここに到達していた。黄泉に通じると噂される迷宮の最深部から漂う瘴気に晒され、男の体組織は人間とは別の生物へと変容を遂げており、もはや地上に還ることは能わないだろう。
しかし、後悔はない。
自分は古の大魔術師に匹敵する力を手に入れたのだ。なすべきことはただ一つ。
現迷宮支配者である呪われた砂漠の皇帝を打破し、支配者に成り代わる。
古代人が住居にしていたと思われる建物の一室で、すでに人の面影を失った表情は砂漠の太陽のように残忍な笑みを浮かべ、怪鳥を思わせる笑い声を上げた。
その時、高波のような暗黒が部屋を包む。
男は地を這う蛇の動きで闇から身をかわす。大きな影を作った泥人形の掌が、先程まで男の居た場所を打ちつけて地震のように部屋を震わせた。
男は舌打ちをしながら、両手で不可思議な印を次々に結び始める。
▽AILER-▽AZNM
何らかの
WOLIF-EI▽ER
口から真言が発せられる。
"光よ、風と共に吹き荒れよ"
瞬間、男の目の前に眩い光球が浮かび、そして弾けた。
生物を一瞬で炭化させる異界の炎が泥人形の巨体に浴びせられる。命無き汚泥といえども、水分を失い衝撃を受ければ粉々に砕け散るだけ。
の、はずだった。
泥人形の表面を虹色の輝きが包む。
―
男自ら編み込んだまじないの一つ。行き場のない激怒は男の両目を裂けんばかりに見開かせ、両手が次の印を結ぼうとする。
しかし、その印は結ばれることはなかった。
人形の両手が左右から男を挟み込み、水疱を潰す時のような胸の悪くなる音を立てながら、祈りを捧げるように掌を合わせた。
哀れな人形は自らに必要な体液を求めるようプログラムされていた。最も近くにいた男は、目覚めの朝食―体液の詰まった肉袋―としてしか認識されなかったに違いない。
掌から血を啜り最初の食事を終えた泥人形は、響きを立てながら部屋の外へと歩き出した。次なる犠牲者と自らが殺めてしまったとは知らない創造主を求めて。
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