第25話『先に落ちる痛み』
リュミエルは胸に手を当てながら息を整えていた。
ネザリオの前では、動きの速さは意味をなさない。
相手の拳が届くより先に、なぜか痛みだけが結果として訪れる。
ネザリオはゆっくりと歩み寄る。
その動作はまるで時を引き延ばしたように遅い。
「……また来る。」
リュミエルは警戒して構えるが、ネザリオの手はまだ中ほど。
拳を振るどころか、触れすらしていない。
それなのに──
胸がズキ、と痛んだ。
「くっ……!」
ネザリオの声は眠っているように穏やかだ。
「もう落ちた……未来の欠片。」
リュミエルは痛む胸を押さえながら後退した。
「……未来の……欠片?」
ネザリオの動きは遅い。
だが、その遅さが逆に恐ろしい。
何をされたか分からないまま結果だけ訪れる。
リュミエルは息を吐く。
痛みの残り方が不自然だった。
(拳を受けたみたいな痛みじゃない。もっと違う、間接的で……遅れて落ちてくる感じ)
ネザリオはまたゆっくり手を上げる。
まるで水の中で動いているかのような
そして、その手のひらが一定の角度に傾いた瞬間──
脚に重みが走る。
膝がかすかに沈む。
「また……!」
まだ触れられていない。
距離はある。
だが痛みだけが先に落ちてくる。
ネザリオの目が細まる。
「いずれ壊れる場所に……結果だけ置く。」
(攻撃の“原因”が来る前に、“結果”が落ちる…だから防ぎようがない……)
リュミエルは歯を食いしばり、瞬時に詠唱を始めた。
「光よ、照らして──
光の輪が彼女の全身を包む。
未来の痛みが落ちてくる前に、光の膜を先に用意して受け止める狙いだ。
だが──
ネザリオの手がわずかに傾いた瞬間、光の輪が一部、ひび割れを起こした。
「……っ、割れるの!?」
ネザリオの声が静かに落ちる。
「未来は……光よりも先を行く。」
(光の防御よりも先に、“結果”だけが先着する……これじゃどんな防御も追いつかない!)
リュミエルは苦い息を吐き、それでも光の膜を維持したまま睨みつける。
「……原因を見なきゃいけないんだね。あなたの“結果”のずっと前を。」
ネザリオは手を止め、わずかに首を傾げた。
興味を持ったようにも見える仕草。
その瞬間──
リュミエルの胸の痛みがすっと引いた。
(結果だけ先に訪れて原因が未来に置き去りにされてる……なら、逆算すれば!)
彼女の瞳が細く光る。
「……あなたの“未来の欠片”、どこへ落ちるか分かり始めた。」
ネザリオの目がわずかに揺れた。
その揺れは、驚きに近い。
リュミエルは光の膜を整え、未来の痛みの波に備える。
「次は……受ける前に止めてみせる。」
ネザリオの手が、またゆっくりと持ち上がる。
痛みはまだ来ない。
だが、その落ちる場所がリュミエルにはうっすらと見え始めていた。
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