第23話『揺らぐ影』

足元の影がざわめく。

ルナリアは深く息を吸い、目の前の影を睨んだ。


そこに立つシェルヴァは、見ているだけで“位置が変わる”。


半歩右へ。

今度は左へ。

いや、見間違えかもしれない──そんな揺らぎ。


シェルヴァは、変わらぬ柔らかな笑みを浮かべた。


「ねぇ、あなた。さっき……どこに立ってたっけ?」


「……ここ。」


ルナリアは影を揺らし、短く答えた。


「ほんとに?」


シェルヴァは首を傾げる。


「あなた、少し……違う場所にいた気がするよ。」


その声が落ちた瞬間──


ルナリアの影が、自分の意思と無関係に揺れた。


「……っ!?」


影がズレる。

自分の足元なのに、そこから影が離れていくような違和感。


“影が身体を裏切る感覚。”


シェルヴァの声がやわらかく響く。


「あなた、自分の影を信用してるでしょう?でもね……影って……本当に自分と同じなんだっけ?」


ルナリアは震える影を必死に抱き留めるように立ち位置を下げる。


「黙って!」


影が、呼吸するように波打つ。

シェルヴァの立ち位置は、また半歩ズレた。


いや──


ルナリアの視界のほうがズレたのかもしれない。


「どこに私が立ってるのか……分かる?」


シェルヴァの声は、真後ろから聞こえた。


「ッ……!」


振り返ると、確かにそこにシェルヴァがいた。


だが、前にもシェルヴァが立っている。

横にも。影にも。


どれも“本物の気配”を持っている。


ルナリアの呼吸が少し乱れた。


「影分身なんかじゃない……全部本物に見える。」


シェルヴァは優しく笑った。


「だって……全部あなたが見た私だから。」


その言葉の意味に、ルナリアの影がさらに揺れる。


「やめて……私の“認識”に干渉する気?」


シェルヴァは一歩前へ。


「ほんの少し……どれが本物かが分からなくなるだけ。」


その瞬間、ルナリアの影がずるりと横へ動いた。


まるで“別のルナリア”が、勝手に歩き出したように。


「ッ……待って!」


体は動いていない。

影だけが勝手に動く。

その影は別方向へ手を伸ばし、それに釣られて身体が傾きかける。


シェルヴァの声が耳元に囁く。


「あなたがどこにいるか……本当に分かる?」


足元が崩れる錯覚がした。


「っ……影が勝手に!」


心が揺らぐほど、影が揺れる。


だが──


ルナリアは強く影を握りしめるように両脚へ力を込めた。


「影は私の一部。どれだけ揺らされても……私がどどめる!」


影が震えながらも、かすかにルナリアへ戻っていく。


シェルヴァが少しだけ目を細めた。


「……いい反応。でも……まだ揺らせるよ?」


影が再びざわりと動く。


ルナリアは奥歯を噛みしめ、次の揺らぎに備えた。

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