第18話『異界の五柱』

五つの影が、ゆっくりと前へ歩みを進めた。

砂ひとつ踏まない静かな足音。

だが、その一歩ごとに空気が張り詰めていく。


セリオスが短く息を吐く。


「……構えろ。」


最初にガルザスの前へ立った影が、無機質な声で言った。


「我が名は──ヴェローク。」


名乗った直後、ガルザスの足元の石が突拍子もない方向へ跳ね飛んだ。


「っ……どういう力だ?」


ガルザスは拳を握りしめ、警戒の色を深める。


揺らぐ輪郭をわずかに歪めながら、ヴェロークは淡々と言う。


「その拳は届かぬ。貴様らの攻撃は、我には触れない。」


ガルザスの目が細くなる。



その隣で、ライゼルの前に立つ影が、静かに回転を始めた。

風ではない。

空気の“向き”そのものが乱されていく。


影は回りながら名乗る。


「我は──イェルダ。」


名を告げた瞬間、ライゼルの肩にまとった雷が逆方向へすべり落ちた。


「……おい。俺の雷、なんで後ろ向いてんだ?」


ライゼルは眉をひそめ、雷を立て直す。


イェルダは淡々と告げる。


「歪んでいる。貴様らの動きも、流れも。正しく殺すため、正す。」


「言い方がムカつくな、オイ。」


ライゼルの雷光がさらに強く弾けた。



ルナリアの前に立った影は、立つたびに“場所がズレる”。

ほんの半歩。

しかし、視界の端で常に位置が揺らいで見える。


影は柔らかく微笑み、名乗った。


「わたしは──シェルヴァ。」


ルナリアの影が反射的にざわつき、ルナリアは息を呑む。


微笑みを保ったままシェルヴァが続けた。


「あなた……さっき、そこに立っていたよね。でも今は……違うのかな?」


「……どういう意味?」


ルナリアの声が震える。


「どの“あなた”が本物か……すぐ分からなくなるよ。」


背筋がひやりとした。



リュミエルの前に立つ影は、まばたき一つにも時間がかかるほど遅く動く。

だが、瞳の奥だけが鋭い。


影はゆっくり名乗った。


「……僕は──ネザリオ。」


名を聞いた瞬間、リュミエルの胸に冷たい違和感が走る。


「……っ、今のなに?」


呼吸がわずかに乱れる。


影は淡々と言葉を落とす。


「いずれ……壊れる。結果だけ……与える。」


リュミエルの表情が強ばった。



最後の影は、セリオスの前に立っていた。

立っているだけなのに、セリオスの視界が濁る。


未来視が途切れる。


影は、機械のように平坦な声で名乗った。


「ラグド=オラ。」


セリオスの意識にノイズが走る。


「ッ……視えない!未来が断たれてる!」


思わず歯を食いしばる。


影は冷たく告げた。


「貴様らの観測は無意味。視るな。」


「こいつ……厄介だ。」


セリオスの声が震えた。



ライゼルは雷を散らしながら、低く吐き捨てた。


「クセも能力も、五人ともバラバラってことかよ……。」


ガルザスは拳を鳴らし、前に出る。


「面倒だがやりがいはある。」


ルナリアは影を揺らしながら息を整えた。


「影がずっと騒いでる……嫌な感じ!」


リュミエルは胸に手を当て、震えを押し殺す。


「みんな……絶対に気を抜かないで!」


セリオスが息を吸う。


「来るぞ!一斉に──!」


次の瞬間、五体の影が同時に地を蹴った。

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