第19話『大地と虚位相《きょいそう》』

五体の影が、同時に地を蹴った。


刹那──戦場がひっくり返ったような乱れが走る。


「来る!!」


セリオスの叫びと同時に空気が裂けた。



最初に飛び込んできたのは、ヴェローク。


輪郭が揺れた次の瞬間には──


ガルザスの真正面にいた。


いや、いたように見えた。


ガルザスは即座に踏み込み、拳を叩き込む。


「オラァッ!!」


しかし──


拳は、すり抜けた。


「……っ!当たらない!?」


ヴェロークの体は目の前にあるのに、手応えが空気より軽い。


「我の存在は、ここにあってここにはない。」


淡々とした声が耳元に落ちる。


ガルザスが舌打ちする暇もなく──


地面が爆ぜた。



周囲では、他の影たちも動き出す。


イェルダは空気の流れをねじ曲げ、ライゼルの雷撃を“逆方向”に流し、釣られたライゼルがバランスを崩す。


「うわっ──!?おい、こっち向くなッ!」



シェルヴァはどこにいたのか分からない位置からルナリアの影を撫でるように触れ、ルナリアが一瞬足元の影を見失う。



ネザリオはゆっくり手を上げただけで、リュミエルの膝が一瞬、重く沈む。



ラグド=オラはセリオスの未来視を遮断し、彼の立ち位置の選択を奪った。



結果──



味方はバラバラに散らされ、完全に孤立する。



ヴェロークが揺らぐ。


存在が二つに見える。


が、どちらも本物ではない。


「……ガルザス!」


リュミエルが叫ぶが、遠い。


ガルザスは一度、深く息を吸い──


足裏に集中した。


「大地は逃げない。」


次の瞬間、体の周囲に重い神気がまとわりつく。


大地の感知。


ヴェロークの足跡にならない足音が、地面にはかすかに残っている。


「そこだッ!!」


ガルザスが拳を振り抜く──


だが、またしても拳は空を掴む。


ヴェロークが、少しだけ楽しげに輪郭を揺らした。


「感知したと思うな。位相は常にずれる。」


次の瞬間、ヴェロークの手刀がガルザスの頬を浅く裂いた。


「ッ……!」


頬に痛みが走る。


ガルザスは唇を拭い、ほんの少しだけ笑った。


「面白くなってきた。」


大地が低く唸る。


「今度はこっちの番だ。」


ガルザスの足元から、大地の神気が静かに盛り上がり始めた。


反撃の一撃を狙う構え──


だが、ヴェロークの輪郭がさらに揺れる。


「当たらぬ。」


その声は確信に満ちていた。


ガルザスは拳を握り直す。


「当たらないなら、当たるまでやるだけだ。」


二人の距離はわずか。

しかし絶対に届かない “虚位相” の敵。


孤立無援のまま、ガルザスの死闘が始まった。

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