第17話『静寂と殺意の間』

大地に降り立った“それら”は、五つ。


形こそ人に似ているが、“存在の法則”がどこか違う。


光草ひかりぐさが、触れていないのに倒れていく。

その周囲だけ、世界がひずんだようだった。


「……っ、なんて神気」


リュミエルが息をのむ。


セリオスは前へ出ながら、声を低く抑える。


「全員、構えろ。今までの奴らとは“格”が違う。」



五つの影は、互いを見るでもなく、こちらを見るでもなく──


ただ静かにそこに立っているだけ。


だが、それだけで理解できた。


──これは、“神”の領域。



最初に動いたのは、先頭に降り立った一体。


身体がふわりと揺れるたび、輪郭がブレる。


実態があるのかないのか、視界が正しく捉えられない。


ガルザスが低く唸る。


「……なんだ、あれ。拳が届く場所にいるのかどうかも分からん。」


影は何も言わない。

ただ“触れられない”ような気配を放っていた。



二体目は、一直線に見える身体の“向き”すら曖昧だった。


まるで“前”が存在しない。

その見え方に、ライゼルの雷がかすかに乱れる。


「は?どっち向いてんだよ、あれ。」


すると影は、くるりと淡く回転し──


空気だけを歪めた。


それだけで分かる。


──方向という概念が通じない。


ライゼルは長い息を吐く。


「めんどくさそうだな……こいつ。」




三体目は、まるで“記憶”がにじむようだった。


目を向けると、ほんの一瞬──


「さっき見た立ち位置」と「今の立ち位置」がズレている。


「な、何……っ」


ルナリアの声が震える。


その影は、優しいとも恐ろしいとも言える曖昧な気配をまとい、言葉のような、言葉でない囁きを漏らした。


「今、どこにいたんだっけ……?」


ルナリアの背筋に、冷たい悪寒が走る。




四体目は、ゆっくりとこちらに顔を向けた。


“遅い”。

あまりにも遅い。


だが──


その瞳の奥に潜む力だけは、時間とは別の速度で、確かに鋭い。


リュミエルは癒しの神気を握りしめる。


「……いやだ、この感じ。」


影は、ゆるやかに手を伸ばすように動いた。




五体目は、静かに立つだけでこちらの思考を曇らせた。


セリオスの眉間にしわが寄る。


「視えない。行動の予測も、神気の流れも……霧がかかったように遮断されている。」


影は、光を吸うように輝いてもいない。

ただ静かに、こちらへ意識を向けている。


それだけで──


観測することを拒絶されている。


セリオスは冷たい息を吐く。


「……最悪の相手だ。」



五対五。


互いの間に、踏み出す寸前──ではなく、

踏み出せば“何かが壊れる”ほどの張り詰めた空気。


ライゼルは軽く指を鳴らす。


「ガルザス、いやな予感しかしねぇな。」


「当然だ。あいつら、強い。」


ルナリアが影を伸ばす。


「……来るよ。」


リュミエルも杖を握る。


「みんな……絶対、気を抜かないで!」


セリオスが全員を見渡した。


「五体。見た目も神気も、全員ちがう。個別に来るぞ。パターンを読むまで、生き残れ。」


息を飲む音すら、誰も立てなかった。


“影”たちは──


まだ動かない。


ただ、殺意と神威だけが交差する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る