4話:家づくりは四苦八苦

 コロンが切り開いてくれた道を信じて、森の中をずんずんと進んでいく。

 軽い倒木をまたぎ越えながら、かつては道だったはずの場所を抜けた。散乱した小枝を踏むたびに、足元でぱきぱきと小さな音が鳴り続けた。


「こっちでいいのかな」


 慣れない森の中、迷子にならないように注意して歩く。

 すると、コロンのカメラが何かに反応したように動き、先導していた私を追い越して行ってしまう。

 私はレヴと目を見合わせながら、慌ててコロンについていった。


 コロンに案内された場所は、木々が一本も生えていない、まっさらな土地だった。

 森からそこだけぽっかりと切り取られたように……妙に静かで、どこか物悲しい。

 きっと建物があったんだろうな……そう思わせる木の板や柱の残骸が、あちこちに転がっていた。


「コロン、もしかしてここが懐かしいんですか?」


 レヴがそう訊ねると、コロンは嬉しそうに宙を一回転した。

 跳ねるコロンに、私も嬉しくなる。


「そっか、ここがコロンの故郷……コル王国建設予定地なんだ!」


 両腕を思いきり広げて、その場でぐるっと一回転する。

 胸いっぱいに空気を吸い込んだ。コロンが霧を除けてくれたおかげか、肺の奥まで澄んだ空気がしみこんでくる。

 こんなに“おいしい空気”を味わうのは、初めてかもしれない。……とっても世間知らずだったんだな、私って。


「……戦争が起きるまでは、ここの空気も、こんなふうにおいしかったのかな」

「どうでしょう。工業地帯でしたから、むしろ排気ガスで充満していても不思議ではありませんが……」

「でもさ、コロンみたいなのがたぁーくさんいて、緑もたくさんあったなら……きっとおいしかったんだよ!」


 私の言葉に、レヴも思わずほほ笑んで言葉を零した。


「その根拠はどこから来るんですか」

「根拠なんてないけどさ。……ね、コロン!」


 コロンを抱き上げて、撫でてあげる。私の言葉に呼応するように、小さく機械音が返ってきた。


 コル王国の第一歩として、私は細い枝や枯れ葉を集めて、焚き火を作ることにした。……けれど、火のつけ方なんてまったく考えていなかった!


 正直にそう白状すると、レヴが肩から提げた鞄から小さなマッチ箱を取り出した。

 パパが葉巻に火をつけるところは何度も見たことはあるけど……自分で火をつけるなんて、初めての体験。少し怖いかも……。


 恐る恐るマッチを一本借りると、レヴが目を丸くする。


「まさか、やったことないんですか?」


 図星をさされて、思わずムキになってしまう。


「やったことあるもん!」


 意地になって、シュッと勢いよく擦った。

 唐突に火花が走り、小さな炎がメラメラと指先で踊る。思わず悲鳴を上げて、私はマッチを放り投げてしまった。


 マッチはくるくると宙を回転しながら、奇跡的に私の作った木の山のど真ん中に落ちる。


 ぱち、ぱち、と乾いた音を立てて、火はたちまち燃え広がり、焚き火らしくこちらを照らしはじめた。


「ヒヤヒヤした……」


 胸をなで下ろしながらマッチ箱をレヴに返す。苦笑いを浮かべるレヴの気配を背中に感じつつ、私は何事もなかったふりで他の作業を始めた。


 手でにぎってしならせたり、わざと折ろうとしてみたりしながら、辺りから丈夫そうな枝をいくつか選び、支柱にすることにした。

 次に倒壊した建物から、屋根に使えそうな廃材の板を抱えられるだけ手に取った。


「ロープ、必要ですか?」


 レヴがそう声をかけて、作業中の私の前にロープの束を差し出した。


「ありがとう!」


 板の端に工具で穴をあけ、レヴにもらったロープで板と枝をきゅっと結びつけていく。同じようにして、屋根の部分と、せめて風よけにはなりそうな壁の骨組みをロープで固定した。

 小屋を建てる場所を決めて、支柱を立てるための穴を地面に少し深めにあける。


 倒れないようにレヴに支えてもらいながら、枝の先端を穴に突き立てた。

 ぐっと押し込んでから、まわりに土をかけて踏み固める。


「できた!」


 随分とみすぼらしい、掘っ立て小屋とも言い難い家……。でも、初めて私の手で作り上げた建物――。


「うん。案外、安定していますね。とりあえずは良さそうです」

「ふふっ。やればできるじゃん、私!」


 したり顔で汗を拭う私のそばで、コロンがぴょんっと跳ねた。


 常に灰色の雲が覆っているせいで、時間感覚が狂ってしまいそうだった。

 段々と手元が暗くなっていく。このネーベルフォートで、初めての夜が来たんだ。


「今日はここまでにしましょうか」


 そこら辺で見つけた大きな葉っぱを何枚か地面に敷いて、私は大きく頷いた。


 少しして、焚き火を囲みながら、持ってきた缶詰を口にする。

 とてもしょっぱいけれど、家族や晩餐会以外で誰かと食事をするのは初めてで……つい顔を綻ばせた。


「楽しそうですね……こんな状況なのに」

「レヴは楽しくないの?」


 私が首を傾げると、レヴは携行食を手に持って淡々と言葉を紡いだ。


「僕はただ、調査に赴いただけですからね。まさか人に会う想定なんてしてませんよ」

「私は、楽しいか楽しくないか聞いてるの!」


 ずいっと前のめりに問い詰めた。すると、レヴは言葉を詰まらせながら口を開く。


「どちらかと言われたら……楽しい、ですけど」

「ほんと⁉」


 その言葉が聞きたくて、ぎゅっとレヴに抱き着く。


「だ、だから近いですってば!」

「えへへ、ごめんね」


 レヴに促されて、ゆっくりと上体を戻した。


「本当は、僕も少し不安だったんです。必死に歴史を勉強して、がんばって、がんばって開拓局に就いて。

 やっと仕事に慣れた頃に、ネーベルフォートの調査依頼……浅いところまでとはいえ、一人で務まるのかって怖かったんです」

「レヴ……」


 レヴはうつむいて、つぶやいた。


「……僕も見習わないとな。コルさんのポジティブさを」


 発した言葉をごまかすように、携行食を頬張って立ち上がる。


「それじゃあ僕はもう少し、周辺の調査してきますね」


 そう言って荷物からガスマスクを取り出し、装着する。

 レヴが背中を見せた時、急に心がぞわぞわして……独りぼっちが怖くなった。


「ま、待って!」

「コルさん?」


 彼の裾をひっぱり、引き止める。


「あ、危ないよ。何も見えない、こんな夜に行くことないんじゃないかな?」


 とっさの私の言葉に、レヴはマスク越しにもわかる、眩しい笑顔を作った。


「大丈夫ですよ。ほんの少し調べるだけですから」

「わ、私も行く!」


 食い気味に声を出した。でも、どうやって――。頭の中でぐるぐると駆け巡る。どうしよう、とっさに言っちゃったけどどうしよう……⁉

 瞬間、先ほどまで大人しかったコロンが機械音を鳴らした。


「コロン……?」


 パチッ……コロンから淡い光が放たれて、私の足元を照らす。少しだけ、周囲の視認性がよくなった。


「これは……コロン、もしかしてコルさんを護ってくれるのか?」


 キュキュイッ、コロンが宙を一回転。私は目を輝かせた。


「ありがとう……コロン!」


 そうして私は、レヴと一緒に毒霧に足を踏み入れる。

 コロンと私の周りだけ、まるで霧が反発しているように逃げていく。


 ここから先は、まだまだ深そうだった。耳をすませば遠くのほうで獣の声が聞こえ、青々と茂った木々ばかりで目印になるものもなくて、一度迷ったら森に囚われてしまいそう。


 肩をすくめながら、私はレヴについていく。レヴは木に触れて、少し撫でたあとで紙にペンを走らせる。落ちていた葉っぱを拾って、紙とにらめっこする。

 時々、地面を這う虫を見つめて、また紙に書き込んでいく。


 それを繰り返して、しばらく経った時……コロンのライトがチカッと揺れた。


「コロン……⁉」

「……潮時か。帰りましょう。このままではコロンも、コルさんも危険です」


 レヴに促され、コロンが先行して私たちを拠点に導いてくれた。

 拠点に戻って振り返る。コロンがよけてくれた道は、再び霧で覆われてしまった。


「コルさんのために出力を抑えて、ついてきてくれたんですね……」


 ライトが消え、コロンはふらふらと焚き火の近くに転がった。

 力になってくれていたコロンをそっと拾い上げる。ボディを撫でてあげると、また機械音を鳴らした。


 夜は深い。そう教えてくれたのは、私のあくびだった。

 段々と眠くなっていく。砂をかけて焚き火を消すと、仮寝床に横になった。


「コルさん。よろしければ、こちらを使いますか?」


 テントに入りかけたレヴが、こちらを気にかけるように声をかけてきた。

 私は大きく首を振る。


「ううん。これは私の家だから、大丈夫」

「……何かあれば、言ってくださいね。いつでも交換できるので」

「もう、心配性! でも、ありがとうっ」


 ――こうして、私の初めての一日は終わりを告げた。

 ここに飛ばされて、本当はとっても不安だったけど……。レヴとコロンに出会えてよかったって、思ってる。


 よし、がんばるぞ! この土地を必ず、立派な街にしてみせるんだから!


「よろしくね、レヴ……コロン」


 眠気に誘われ、静寂に溶けていく声を拾って、コロンが返事をした気がした――。

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霧の街のコル~勘当令嬢、イチから始める理想郷~ れあ @reachi_moti

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