3話:不思議なオーパーツ、コロン

  ――立ち入り禁止区域 政府・開拓局管制地帯


 私を飲み込んでしまいそうな森林地帯。話に聞いていた通り、看板より先を見ることは叶わないほど濃い霧……。


「ここから先が、本当のネーベル地帯ですね」


 レヴが、小さく息を呑む。


「うわあ……ほんとに真っ白。これじゃ前、全然見えないじゃん」


 かかとを浮かせて、額に手を置き覗き込む。

 足元にはまだ獣道らしき土の感触が残っていたけれど、その先は一歩踏み出したら戻って来られなくなりそうな、そんな気配があった。


 森と見つめ合う私の横で、レヴは荷物いっぱいの鞄をごそごそとあさる。

 いくつもの突起がついた鉄板のようなものを取り出すと、地面の上にそっと置いて側面のレバーをカチリと倒す。


 次の瞬間、中から細い脚や骨組みがガチャガチャと飛び出し、歯車の音を立てながら自動で組み上がっていく。


 あっという間に、大人二人がぎりぎり入れるくらいの鉄製の簡易テントが姿を現した。


「なにそれ! ズルい!」

「ズルいって……これは、携行型の簡易拠点装置ですよ。まだ試作段階なので、開拓局の人間か王族関係者にしか支給されていないんです」


 私は頬を膨らませながら、再び霧と見つめ合う。

 いいもん、私にはこの森という大きな土地があるんだから。


「……ねえレヴ」

「はい?」


 私は一つ息をためて、にっと笑う。


「この霧、なんとかできたら最高じゃない?」

「なんとか、とは?」


 私の言葉に合わせて、レヴは首を傾げた。


「決まってるでしょ。こう、ガーッて吸い込んで、バーンって吐き出して、霧を全部どっかに追いやる機械!」


 自分で言っていて、胸が高鳴る。


「そんな絵空事……未だかつて、誰も手に負えなかったんですよ?」


 レヴの真剣な表情が伝わってくる。決して私のことを笑っているわけではなさそうだ。


「できるよ」


 私はキッパリと言い切った。

 ――だって。


「私はフリッカ公爵の娘だもの!」


 私は背負っていたリュックをどさりと地面に下ろした。

 非常食、工具一式、予備のコア。詰め込んできた荷物を、ひとつひとつ並べていく。


「そんな大荷物、よく入りましたね……」

「何事も先を読め、準備を怠るなってパパによく言われたもん。出来る限りの荷物を

詰めるのは当然でしょ?」


「よし、じゃあ仮のやつ作ってみよ!」


 私は工具を握りしめ、近くの岩場を作業台代わりにした。

 コアを一つ選び、修理用部品を組み合わせていく。


 段々と『それっぽい形』が見えてきた。


「じゃじゃーん! コル清浄機Ver.1.0!」


 カッチリ作るにはまだ素材が足りないけれど……なんとか円筒型の試作品にはこぎつけた。


「本当に動くんですか、それ……」


 レヴは半信半疑だった。


「大丈夫、大丈夫! いけー! コル清浄機~‼」


 ポチっと側面の簡易ボタンを押した。

 コアがかすかに唸り、振動が手に伝わってきた。コル清浄機の中から風が生まれ、ゆっくりと霧を引き寄せる。

 引き寄せられた霧が、渦を巻くように装置の口へと吸いこまれていった。

 足もとが、ほんの少しだけ明るくなる。


「ほら! 見て、ちゃんと薄くなってるでしょ!」


 私は誇らしげに胸を張り、レヴのほうを振り返る。


「……本当に、霧が晴れるなんて。これはすごい発明品ですよ」


 レヴが目を丸くした、そのときだった。


 キュイイイイイ――ッ。


 耳障りな高音とともに、装置の側面から火花が散る。

 

「ちょ、待って! まだ――」


 慌ててスイッチを連打する間にも、不快な音は辺りに鳴り響く。

 次の瞬間、ぼふんっと情けない音を立てて白い煙が噴き出した。同時に、黒いすすが逆流し、あたり一面に舞い散る。

 煙とすすが喉をひりつかせて、思わずむせ返った。


「げほっ、げほっ……最悪……」


 晴れかけていた足もとの霧が、じわじわと戻ってくる。

 気づけばコル清浄機Ver.1.0は、ぴくりとも動かなくなっていた。


「せっかく、ちょっとだけ上手くいきかけたのに……」


 私はスパナを握りしめたまま、しゅんと肩を落とした。

 このままじゃあ、ここで生きてはいけない。


「僕たちはまだ、この霧のことを何も知りませんから。これからですよ」

「……でも」


 ぽつり、と胸の奥の言葉がこぼれた。


「ここで暮らすつもりだったのに……」


 私の言葉の直後に、レヴから気の抜けた言葉が飛び出した。

 

「えっ……」

「このままじゃ、生きていけないよ」

「ここで暮らすんですか……?」


 私は静かに頷いた。

 硬直するレヴに、ゆっくりと口を開く。

 ――私の素行のこと。誰にも信じてもらえなかったこと。パパに追い出されて……王命でここを管理しなければならないこと。


 全部、全部、話した。

 レヴは何も言わずに聞いてくれた。そのうえで……優しく言った。


「よろしければ、開拓局にも話してみますよ。コルさんの力になれる方法が、何かあるかもしれません」


 私は大きく首を振る。


「ううん。レヴに迷惑かけられないし。……コル王国を作るって決めたんだもの」


 レヴは一言『そうですか』とだけ呟いた。


 ――ピピッ。キュイッ。


「あれ、今なにか音がしませんでしたか……?」


 レヴの言葉に促されて、かすかな音に耳を澄ます。


 ――ピピピッ。キュキュイッ。


「電子音……? 何かのオートマトンか……?」

「……っ!」

「って、コルさん!」


 レヴの言葉を振り切って、私は走った。

 あの音は、オートマトンが力を振り絞って起動しようとしている音。どこかで、助けを求めている子がいる!


 音の方向を一生懸命に探した。耳だけを頼りに、薄くかかった霧の中を駆けずり回る。


「待ってください」

「レヴ……!」


 私を追って、レヴが姿を現した。

 懐中時計にも似た丸い機械を手に持っている。ボタンを二、三度押し、ポンッと低い音を鳴らす。


 ――ピピ……ッ。キュイッ。


 その音に合わせて、共鳴するようにオートマトンが鳴いた。

 機械には自分たちの位置と、おおよそのオートマトンの位置が表示されていた。


「オートマトン探知機です。心配なのはわかりますけど、闇雲に探しても仕方がありませんよ」

「あ、ありがとう……」


 今日初めて会ったばかりなのに、不思議と信頼してしまいそうになっていた。

 私は彼の道具を頼りに、オートマトンの場所へと走った。



 木々に囲まれ優雅に流れる川。その川べりに、小さな羽のついた卵型のオートマトンが転がっていた。

 長年放置されていたのか、黄金色のボディは黒く染まっていた。

 中心のカメラがこちらを映す。卵型で表情こそわからないが、カメラがわずかに動きを見せて、訴えているのがわかる。


 私はその子を抱きかかえ、拠点へと急いだ。



 ――コル清浄機を分解し、卵型の子に当てはめていく。

 経年劣化で内部はボロボロだった。コアも摩耗しきっており、新しいものに入れ替える。

 すると、内部に見たことのない部品を見つけた。


 虹色に輝いた筒。複雑に絡み合う銅線……。多少、劣化している様子ではあったものの、目を釘付けにするほど綺麗だった。

 見たことのない部品を下手にいじると、壊れてしまうかもしれない。自分のできる範囲で、修理を進めていった。


 ――なんとか終わって、蓋を閉める。


 卵型オートマトンは再び音を鳴らして、むくりと起き上がった。


「本当に直してしまいましたね……」


 私が修理している間、上と連絡をとっていたレヴが戻ってきた。

 卵型オートマトンは嬉しそうにくるくると空を周回し、霧の中へと入っていった。



「ちょっと、どこへ行くんですか!」


 レヴの静止も聞かずに、卵型オートマトンが霧の中で虹色の光を放つ。

 それは天をも照らす光……。とても神々しかった。


 天を突き抜けた光は青空を見せ、周囲の霧をみるみると払っていく。吸い込まれた霧は循環し、光の粒となって辺りに降り注ぐ。

 私たちは息を呑んだ。レヴはハッとして、急にカバンを漁りはじめた。そうして1つの本を取り出して、ページをめくる。


「……やっぱり」


 小さく言葉をこぼした。


「コルさん、あなたすごいものを見つけたかもしれません……」

「へ……すごいもの?」


 私の言葉に大きく頷いた。


「かつて存在していた対毒散布兵器用のオートマトン。EI-91型……今では“オーパーツ”とまで言われている代物です」


 その瞬間、オートマトンが白い煙を出して転がった。

 漏電したのだろうか、カメラがチカチカしている。


 せっかく晴れた空は、再び灰色で覆われてしまった。

 ――けれど、卵型のオートマトンが吸い取った霧がもとに戻ることはなかった。


「さすがに、経年劣化で毒霧を全除去するのは厳しいようですね……」


 パチ。レヴの言葉に合わせて、再びオートマトンが起き上がる。


「……すごい」

「コルさん?」


 私はその状況に、思わず嬉しくなった。


「すごいじゃん! あなた、今日からコロンね! コロコロしててかわいいし!」


 コロンを拾い上げ、ぎゅっと抱き着く。

 この子がいたら、コル王国ができる! 疑念が確信に変わった。


「レヴ、言ったよね」


 オートマトンに頬を擦りながら、興奮気味に言葉を紡ぐ。


「コツコツが大事だって。この子がいたら、きっと……できるよ、コル王国!」

「そう、ですね……」


 私の声とは裏腹に、レヴは表情を曇らせる。


「コルさん。言いそびれていたことがあって……」

「言いそびれた、こと……?」


 レヴはくっと唇を嚙みしめて、視線を地面に移す。


「……コルさん」

「なに? まさか、住んじゃいけませんとか言わないよね?」

「そうじゃないんです。けど、僕の目的は……霧の調査だけじゃないんです」


 レヴは一度、言葉を飲み込んだ。


「上は、ここを軍事利用できないかと考えています」

「軍事……?」

「ええ。誰も近寄れない、濃霧に覆われた“死地”ですから。要塞を置くには、これ以上ない場所かと」


 思わぬ発言に、私は硬直した。


「……どうするんですか。仮にコロンの力で住める場所にしたとしましょう。それを好機とみて、政府に乗っ取られたら?

 あなたが王命で任されたのだって、うまくいけば利用し、駄目なら切り捨てても構わない。そう考えている人が、上にいても――」


 言いかけたレヴに、コロンを突き出して止めた。

 レヴがたくさん心配してくれているのは、その言葉で十分に伝わったから。

 だから、私も私なりの言葉で精一杯に返す。


「その時はその時だよ。ずっとずっと遠い未来の話をしたってしょうがないでしょ?」

「それは、確かに……ですが」

「ここにコル王国を建ててやる。今はそれでいいの」


 レヴは終始、眉を下げていた。コロンが不思議そうに、レヴの表情をカメラに捉える。

 それを見て、レヴが綻んだ。


「わかりました。確かに、コルさんの言う通りですね」


 言葉を紡ぐレヴの表情は、晴れやかだった。


「僕も、ここで手伝わせてください。コルさんだけの街を……ううん。国を作り上げるところを!」

「レヴ……!」


 コロンを手放して、ぎゅうっとレヴに抱きついた。


「近いですって!」

「えへへ、ありがとうっ!」


 コロンは私たちを見守るように、周囲を飛び回る。

 その姿はどこか嬉しげに見えた。

 

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