第二章:ユリと、沈黙の返事

次の日、俺は少しだけ早く登校した。


別に深い意味があったわけじゃない。いや、嘘だ。あった。

「また机に何か置かれてるかも」って、それだけが気になって。

昨日のカスミソウ事件以降、なんか、ずっと気配が頭に残ってたんだ。


で、教室に入って──



あった。



机の上に、今日も、花。


今度は昨日よりも明らかに大きくて、存在感があった。

真っ白な花弁、ほんのり香る甘さ。

一本の、ユリ。


「お、おいおいおいおい……」


思わず声が漏れた。これは、あれだろ。ガチで意味あるやつだろ。


誰もいない教室。妙に静かで、時計の針の音がやけに大きく聞こえる。

瓶は昨日と同じやつ。水が新しくなっていて、底にはまた……小さく折られた紙。


俺は手を伸ばして、それを取り出した。


《ユリ:無垢。純潔。あなたしか見えない。》


「…………」


ちょっと待て。

昨日が永遠の愛で、今日はあなたしか見えないって。

このペース、3日後くらいに結婚式じゃない?


「いやいやいやいや!」


ひとりでツッコミ入れてる俺、完全に不審者だ。

慌てて鞄で瓶を隠してると、教室のドアが開いた。


「おっはよーございまーす」


健吾だった。間に合ったのが嬉しいような、恥ずかしいような、微妙な感情に挟まれながら俺は小声で言った。


「……今日も来てた」


「マジで!?うわ、え、すげ、今日のはどれどれ……うっわ、デカ!」


健吾が机に手をついて覗き込む。


「えーと、これはユリだな。花言葉……あ、書いてあるわ。無垢あなたしか見えないだって」


「重くね?」


「あー……まあ、ずっしりきた」


そのとき、また教室のドアが音を立てた。

誰かが入ってくる。自然と俺たちはそっちを振り向いた。



柚花だった。



……って、分かってたけどさ。


彼女は教室の入り口で、ちょっとだけ足を止めて、それからそろそろと歩いてきた。

目は合わせない。机の方も見ない。いつも通りに、自分の席に座って、そっと鞄を置く。


けど、明らかに気にしてる雰囲気があった。

微妙にこっちを見そうになって、でもグッと我慢してるような感じ。


健吾がひじで俺の腕をつつく。


「おい、あの子じゃね?絶対」


「しーっ!言うなって!」


でも俺も、思ってた。

柚花だって、分かってる。

だって、机に瓶が置かれたタイミング、誰も他にいなかった。

水が変わってたってことは、家から持ってきてるってことだし。

しかも、昨日のと同じ瓶。


いや……ていうかさ。


俺の机に置くってことは、最初から俺宛ってことじゃん。


ますます分からなくなってきた。

いや、意味は分かるんだけど。

行動と言葉で告白されるより、ずっと……怖い。


そう思ってチラッと横目で見た瞬間だった。


柚花が、びくって肩を震わせた。


こっちを見てた。俺と目が合った。その瞬間。


すぐに顔を伏せて、ノートを開いて、無理やりペンを走らせる。

いや、そんなに焦って書くことある!? ってくらい早い。


そして、耳まで真っ赤になってた。


「…………」


おいおいおいおい。

なんだこの漫画みたいな反応は。

本当にあいつなのか? いや、もう、あいつだよな。


健吾がぽそっと言う。


「なあ……あの子、ガチのやつじゃない?」


「やめてくれ」


「いや、俺ちょっと感動してきた。言葉にしない、けど届いてる。みたいな」


「なに文学青年みたいな語り出してんだよ」


教室がざわつき始め、他のやつらも入ってくる。

そのなかで、柚花は終始、何も言わないまま黙々と文字を書いていた。

でも、ペンが震えてた。


(あれ……もしかして、めちゃくちゃ緊張してる……?)


俺は机の上のユリを見つめる。


その白い花弁は、どこまでも無垢で、綺麗で……

だけど、そのまっすぐすぎる想いが、逆に怖くなるくらいだった。


沈黙のなかに、愛がある。


でもその愛は、どんどん言葉を越えていく。



まだ俺は、その意味に気づいてなかった。

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