第一章:カスミソウと、最初の言葉

机の上に花が置かれていた。


正確には、小さなガラスの瓶に水が張られていて、そこに白い花がふわりと浮かんでいた。


ふわふわしてて、軽くて、でも妙に目を引く。


よく見れば、透明な瓶の底に、小さく折りたたまれたメモ紙も沈んでいる。


「え、なにこれ……?」


俺が思わず呟いた瞬間、隣の席の健吾がヒョイと覗き込んできた。


「えっ、ちょ、お前……なにやった!?」


「やってねぇよ!?」


「いやいや、机に花って、お前……それ、アレじゃん。ドラマとかでよくある、いじめの前触れ!」


「あー、葬式ごっこみたいな?ちーん!w」

「葬式って水着で参列していいもんなん?」

「ご冥福をお祈りいたしまーす」


「やめろ、俺と葬式をなんだと思ってんだお前ら」


ツッコミが四方八方から飛んでくる。

教室の後ろの席でポテチ食ってた達也まで駆けつけてきて、「え?お通夜?」とか言い出す始末。

全員ノリが軽い。いいから授業準備しろよ。


「でもマジでなんで花?」

「ラブレター的な?いや、でもメモあるよな?」

「どれどれ?開けてみ?こっそりラップバトル挑まれてるかもよ」


「バトルせんわ」


しぶしぶ瓶の中の紙を取り出し、そっと開く。


そこには、たった一行だけ。


《カスミソウ:永遠の愛》


「…………」


「…………え?えええええええええええ!?!?!?」


教室中の耳をそばだててた組が、揃って変な声を上げた。


「お前、誰に永遠の愛を誓われてんの!?」

「すげぇ!ヒロインかよ!」

「モテ期、爆誕!」


……いや、意味が分からん。

花だけでも意味不明なのに、花言葉つきってどういうことだよ。


「ていうか誰が置いたんだよ、これ……」


視線をめぐらせるけど、誰も見てないふりをしてる。

机に突っ伏してるやつ、スマホ見てるやつ、明らかに話題から目を逸らしてるやつ


……犯人、分からん。



そのとき、ふと視界の端に映ったのは、柚花の後ろ姿だった。


彼女は相変わらず三つ編みのまま、背筋を伸ばしてノートを開いてる。

静かで、誰とも話さない。ただ、こっちを……いや、見てない。ちゃんとノートを見てる。


けど、たしかにさっき、机に触れた気配がしたんだ。俺が席を外してた数分のあいだに。


(まさか、柚花……?)


いや、考えすぎだ。

彼女は無口だし、俺とはほとんど話したこともないし、告白されたわけでもない。

花言葉なんてシャレたこと、そんなタイプに見えない。多分。



でも、でもな。



たしかに、ここ最近、やけに視線を感じてた。

誰かが見てる気がして振り向いても、誰もいなかったり。

俺が友達と笑ってるとき、なんとなく空気が冷えたような気がしたり。


そういうのって、勘違いだと思ってたけど……

こうして物証が出てくると、嫌でも現実味を帯びてくる。


「……カスミソウ、ってなんだっけ」


「さっき読んだじゃん。永遠の愛だよ。逃がさない的な意味もあるらしいぜ」


「ヒェッ」


健吾がやけに嬉しそうに冷やかしてくる。

達也は達也で『俺の花で女子に告ろうかな〜シャレてるじゃん』などと訳の分からない方向に暴走してるし。


でも、俺のなかでは、妙に引っかかっていた。


『永遠の愛』



その言葉を、言葉じゃなくて、

花に託してくる誰かがいるってこと。


それが柚花なのか、それとも他の誰かなのか……

まだ、このときの俺は、知る由もなかった。



でも。


気づかぬうちに、俺はもう踏み込んでしまっていたのかもしれない。

言葉にならない花の言語の、深い深い森のなかへ。

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