第三章:赤いバラと、歪んだ確信

三日連続だった。


教室に入ると、机の上に花がある。

もう驚きはしない。というか、だんだん今日は何が来るかが気になってくるあたり、俺も終わってると思う。


「今日は……バラ、か?」


それも、赤。

昨日のユリよりさらに派手で、目立つ。

香りも濃い。クラスに入った瞬間にふわっと香ってくるくらいには、存在感がすごい。


(さすがに、これは……)


って思いながら瓶を手に取ると、底にはいつもの紙。

取り出して、そっと開く。


《赤いバラ:情熱、愛、あなたを愛しています》


「…………」


もう言い逃れはできない気がした。


健吾が後ろからそっと覗き込んできて、小声で言う。


「いやこれ……さすがにヤバくね?」


「わかってるよ……」


「あなたを愛していますって直球すぎん?告白文じゃん」


「花言葉だけで告白するなよ……」


「てかもうさ、ここまできたら言ってくれよな……。俺、お前に一個聞きたいんだけど」


「なに」


「昨日のユリ、家持って帰った?」


「…………」


図星だった。


健吾が爆笑する。『持って帰ってんのかい!!!』

いや、だって、瓶捨てるわけにもいかないし。

花も綺麗だったし。うん、純粋に、そう。怖さとかじゃない。多分。


「お前もう付き合ってんじゃん。無言彼女じゃん」


「勝手にラベル貼るな。やめてくれ」


「いやマジでさ、柚花ちゃん……あの子ガチよ。目、すげぇもん。生きてる目してない」


「おいそれ言い方」


そう。


今日も柚花は、ちゃんと登校してきた。

机についたあと、ちらっとだけこっちを見た……ような気がしたけど、すぐに俯いた。


三つ編みの髪が、肩からふわっと落ちる。

耳は、やっぱり赤い。


なのに、話しかけてこない。

目も合わさない。

言葉もくれない。


でも、花だけは、来る。


言葉よりずっと、感情が詰まってる。



(これって……怖くないか?)



告白とか、ラブレターなら、まだ分かるんだ。


でも、花言葉って。


しかも毎日違う花で、愛してますって。


それを、喋らずに伝えてくるって。



なんていうか……

想いが、溜まってる気がする。


毎日、少しずつ。瓶に水を足すみたいに、静かに、でも確実に。



このまま気づかないふりをし続けたら、

その水が溢れて……どうなるんだろう。



~~~



放課後。

俺が廊下でスマホを見ながらぼんやり立ってたとき、背後から名前を呼ばれた。



「……ねえ、〇〇くん」


声が小さすぎて、最初、誰だか分からなかった。


振り向いたら、柚花が立っていた。

顔を真っ赤にして、指先をぎゅっと握って。

制服の袖の下で、手が震えてた。


「あ……あの、……きょ、今日は……その……」


「うん」


「……あ、ありがとう、は……へ、変じゃ……なかった……?」


(……変、じゃない。……のか?)


でも、声に出せなかった。

何て答えたらいいか分からなくて。


「ううん、綺麗だったよ」


俺がそう言うと、柚花はぴくっと肩を震わせて、

目をぐるぐる泳がせながら、カクンと頭を下げた。


「う、うれしい……です……!」


それだけ言うと、猛スピードで逃げて行った。

廊下の端まで、ちょっとスキップ入ってた。何だったんだあれ。


でも……


(……やっぱり、柚花なのか)


確信した。


花を置いたのは、彼女だ。


それはもう間違いない。



でも、気づくと同時に、

胸の奥に、妙なざわざわが残った。


花の名前。

花言葉。


それを調べるたびに、言葉より重い感情が、心にのしかかる。



花が綺麗な分だけ、

その想いの重さが、残酷に見えてきた。



この時点で俺はまだ、

彼女が明日も花をくれると思っていた。



その当たり前が、どれだけ異常なことか……

気づくには、まだちょっとだけ、時間が必要だった。

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