客席の元ゴールド
ヒカリの挑戦を前に
訓練場の客席。ヒカリがマスターランカーであるエリス師範代と対峙する緊迫した空気を、ジョシュアとエリアは静かに見つめていました。彼らがシルバーランクに留まる理由は、周囲からは常に様々な憶測を呼んでいましたが、その真実を知る者は多くありません。
ジョシュアは、自身の鋼鉄の鎧の表面を軽く撫でながら、静かに口を開きました。
「ヒカリはやはり規格外だな。ゴールドへの挑戦どころか、いきなりマスターランクに挑むとは。見ていて飽きない」
エリアは優雅に紅茶のカップを傾け、その目を細めました。
「ええ。彼の『異質性』は、私たちが見てきた歴代のゴールドランカーの中でも群を抜いていますわ。ただ、彼の『平和の重荷』が、どこまで彼の『力』を押し上げられるか、それとも阻害するか、興味深いです」
ジョシュアは、エリアの「私たちが見てきた」という言葉に呼応するように、静かなトーンで過去に触れました。
「……私たちも、随分と昔に、あの場所で、あの資格を得たものだったが」
エリアは、微笑みを崩さずに頷きました。
「そうですね、ジョシュア。『鋼鉄の盾』と『魔導の歌姫』。私たちも、一時期はギルドを支えるゴールドランカーとして、深層の防衛線を守っていましたわ」
留まる者たちの理由
ジョシュアは、なぜ彼らが再びゴールドランク、あるいはマスターランクを目指さないのか、エリアに尋ねました。
「エリア。あんたの歌声と魔術は、今やマスターランクの上澄みさえも脅かす。なぜ、あの時、マスターランクに上がらなかった?」
エリアは、遠くでヒカリとエリス師範代が作り出す魔力の緊張を見つめながら、静かに答えました。
「わたくしは、歌で人を支配できます。魔力的な支配は、とても簡単です。でも、『支配された世界』では、『真の芸術』は生まれません」
エリアは、カップの紅茶を一口飲み込みました。
「わたくしの求める『極限の美』は、『自由な闘志』がぶつかり合う舞台でしか生まれないのです。マスターランクに上がってしまうと、挑戦者がいなくなってしまいます。シルバーランクこそ、最も美しい『闘争の舞台』なのですわ」
エリアは、ジョシュアに視線を戻しました。
「では、ジョシュア。あなたの理由は?あなたは、その『鋼鉄の意志』があれば、とっくにマスターランクの称号を得られたはず。なぜ、私たちと同じシルバーに留まることを選んだのですか?」
ジョシュアは、ヒカリを見つめる視線を逸らしませんでした。彼の理由は、エリアとは全く異なる、守護者の哲学でした。
「俺は、『盾』だ。盾は、最も攻撃を受ける場所にいなければ意味がない」
ジョシュアは、自らの鎧を叩き、静かに言いました。
「マスターランクは、深層の最も危険な場所にいる。だが、『平和の重荷』を背負うこの『地上』こそ、最も『守り』が必要な場所だ。もしドミニオンや、あのナイトローグのような異物がこの地上を脅かしたとき、俺は、最前線で盾になる必要がある。そのために、あえて動きやすいシルバーランクで待機している」
二人は、それぞれの理由――エリアは『芸術』のため、ジョシュアは『守護』のため――に、かつての地位を捨て、今のランクに留まっていることを確認し合いました。そして、二人の視線は再び、彼らの運命を大きく変えるであろう、訓練場の中央に立つヒカリに注がれるのでした。
挑戦者たちの動向
ジョシュアが自身の「守護者としての哲学」を語り終えると、エリアは再び優雅に微笑み、ジョシュアに視線を向けました。彼女の話題は、すぐに次のトーナメントへと移ります。
「それにしても、ジョシュア。次のトーナメントでは、お願いですから一回戦で負けないでくださいね」
エリアは意地悪く笑います。
「前回は、わたくしとジョシュアが直接当たる前に脱落してしまって、残念でしたわ。タマキさんとヒカリさんも強くなっています。あなたももう少し、『盾』だけでなく『矛』を磨いてはいかが?」
ジョシュアはフンと鼻を鳴らしましたが、エリアの指摘が的を射ていることは認めざるを得ません。彼はあくまで守備的な戦術に徹し、漁夫の利を狙いすぎた結果、エリアの支配魔術の前に無防備になったのです。
「余計なお世話だ。俺の戦術は変わらない。だが、次はお前の歌に『支配される』ような愚は犯さない」
強すぎる才能の懸念
ジョシュアは、今度はエリアに、彼女の強すぎる実力に対する懸念を向けました。
「お前こそ、気をつけろよ、エリア」
ジョシュアの口調は真剣でした。
「お前が優勝ホルダーを取り続けると、シルバーランクに居続けるというお前の意図に反して、ギルドは勝手に動くぞ」
「……どういうことです?」エリアは少し表情を曇らせました。
「シルバーどころか、勝手にマスターランクまで上げられるぞ」
ジョシュアの指摘は、ギルドの裏側の現実を示していました。シルバーランクの挑戦者がいない今、ギルドは実力に見合わないランカーを長期間その地位に留めることを良しとしません。
「お前の『歌声』の支配力は、もはやシルバーランクの範疇を大きく超えている。お前が勝つたびに、ギルドはお前を深層の防衛線に引き上げようと圧力をかけてくる。そうなれば、お前の言う『自由な闘争の舞台』は失われる。お前は、自らの『強すぎる才能』に、いつか『ランクの呪縛』をかけられることになるぞ」
エリアは、カップを置いた手の指先に僅かに力がこもるのを感じました。彼女の求める芸術のための『自由』が、彼女自身の『力』によって脅かされ始めている。ジョシュアの警告は、彼女にとって、ヒカリの挑戦と同じくらい、重いものとして響いたのでした。
後方からの喧騒
ルーク師範がナイトローグのゴールドランク昇格を一方的に宣言し、ヒカリたちが激しく抗議している喧騒を、リーネ師範代は訓練場の隅で聞いていました。彼女は、弓の弦をゆっくりと張りながら、その表情をわずかに歪ませました。
「まったく……面倒なことになったわね」
リーネ師範代は、この後の展開を容易に予測していました。ルーク師範の強権的な決定は、ヒカリやタマキだけでなく、ギルドの規律を重んじる一部の幹部からも「公平性を欠く」と、後でさんざん文句を言われることになるでしょう。彼女自身も、その対応に追われることになるだろうと、嫌な顔をしました。
「あの人は、いつもこうよ。『最大の効率』を求めて、後始末は全て現場に押し付ける」
しかし、彼女の視線は、抗議の声を上げながらも、最終的にマスターランカーとの対決を望んだヒカリに注がれていました。
成長の予感
リーネ師範代は、これまでのヒカリの戦いと、今日の彼の振る舞いを静かに比較しました。
ヒカリは、これまでは自分の持つ『異質すぎる力』を隠し、極力目立たないように振る舞う、『平和に溶け込もうとする者』でした。自分の実力がシルバーランクに収まらないことを理解しながらも、トーナメントでは力を抑制し、勝利を強く求めることはありませんでした。彼の目的は、常に『平和の重荷』であるタマキの傍にいることでした。
しかし、今日のヒカリは違いました。
ナイトローグという『影』の登場によって、彼は初めて、「自分の実力を正々堂々証明しなければ、大切なものを守る資格さえ失う」という焦燥と覚悟を抱きました。ナイトローグに先を越されたことは悔しいはずですが、彼はランクそのものよりも、自分の力を試す機会を、自ら師範に要求したのです。
「あの『暴走する影』と戦ってから、ヒカリは変わったわね」
リーネ師範代は、静かに頷きました。
「以前のお前なら、ナイトローグの特例昇格に不満を抱いても、『ゴールドランク』という肩書きのために命を賭けることはしなかったはず。だが、今は違う」
ヒカリが求めているのは、もはやギルドの階級ではなく、「マスターランクに挑戦し、勝利できる力」そのものです。それは、彼が『影』と戦い、『平和の重荷』を背負うと決めた結果、到達した、逃げられない運命への覚悟でした。
リーネ師範代は、その覚悟にわずかながらの成長を感じ取りました。
「いいわ。お前の『居合斬り』が、マスターランカーにどこまで通じるか、私もこの目で見届けさせてもらう」
彼女は、口元に静かな笑みを浮かべ、ヒカリとエリス師範代の対決の準備が整うのを、静かに待ち受けるのでした。
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