無限の宝物庫(ドミニオンの残響)


7層への進軍と監視

アサクラ・ヒカリは、タマキと共にダンジョン『無限の宝物庫』の7層へと足を踏み入れた。このダンジョンは階層が深くなるほど魔力の密度が高くなり、通常はシルバーランクのヒカリには荷が重い領域だが、タマキのサポートがあるため強行していた。


「ヒカリ、あんま無理したらあかん。この層の魔力、なんかおかしいで」


タマキは、感知魔術で周囲の異常な魔力干渉を察知していた。ヒカリは無言で頷き、Sランクの集中力で気配を研ぎ澄ませる。彼は、先日ナイトローグに指摘された「視覚に頼る弱点」を克服しようと、納刀したまま五感を最大限に拡張していた。

一方、彼らの数歩後ろの、常人には決して見えない「影」の中を、ナイトローグは移動していた。


(チッ。やはり、タマキは優秀な感知魔術師だ。『愛の重荷』という脆弱な防御であると同時に、ヒカリの『ゴリ押し』を支える最高の支援者か)


ナイトローグの体は、先日の相討ちで負ったダメージがまだ完治していない。だが、彼の使命はヒカリの覚醒。彼らをダンジョンの危険から遠巻きに守り、そして監視する。それが今の彼の役割だった。


闇色の残響と凶暴化

7層の中央に差し掛かった時、タマキが突然、ヒカリの腕を強く引いた。


「ヒカリ!ちょっと待って! モンスターの様子がどないかしてるわ!」


前方の通路で、この層の標準的なモンスターである『アイアン・ゴーレム』が、本来の動きを逸脱して狂ったように暴れまわっていた。その皮膚には、闇色の不規則な紋様が浮かび上がっている。


「R-74世界線の『ドミニオン』が使用していた、魔力干渉による『凶暴化(レイジ・エンハンスメント)』か」


ナイトローグは、影の中からそれを確認した瞬間、眉間に皺を寄せた。ドミニオン――彼のかつての世界を崩壊に導いた、異次元からの集団。彼らがこのP-25世界線にも手を伸ばし始めている。


「彼らは、ヒカリの『覚醒の儀式』の進行を妨害する『ノイズ』だ。この世界のモンスターを凶暴化させ、ヒカリの戦いに介入するつもりか」


ナイトローグは、監視役から一転、行動を決意した。ドミニオンの介入は、ヒカリの成長に必要な「試練」の質を下げ、彼の覚醒を不純なものにする。


闇色の刺突剣の介入

ゴーレムがヒカリとタマキに突進した瞬間、ナイトローグは影から飛び出した。


「邪魔だ!」


彼は刺突剣を抜き放ち、狂暴化したゴーレムの**『魔力核』だけを正確に貫いた。


ザンッ!


一瞬の閃光の後、ゴーレムは紋様を失い、崩壊した。その動きは、先日のトーナメントでのヒカリの居合斬りとは似て非なる、「効率的な殺意」に満ちていた。


「誰だ!?」


ヒカリは即座に納刀し、防御の姿勢を取った。彼は、この闇色の気配が、因縁の『ナイトローグ』であると瞬時に理解した。


タマキは驚愕の表情でナイトローグを見た。彼の顔を覆うのは、先日トーナメントで剥がされたはずの新しい仮面だった。しかし、彼の体から滲み出る魔力と、冷たい殺意は、あの男と寸分違わない。


鏡像の共闘提案

ナイトローグは、ヒカリの警戒を無視し、ゴーレムの残骸から闇色の紋様が刻まれた『異形のメダル』を回収した。


「チッ。やはり、このメダルが凶暴化のトリガーか」


彼はメダルを握り潰し、ヒカリに向き直った。


「ヒカリ。お前の背後の闇が動いている。このダンジョンは、もはやお前の成長のための安全な狩場ではない」


「お前の知っていること、全て話せ!」ヒカリが静かに威圧する。


タマキは、ヒカリとナイトローグの間にそっと立ち、警戒しつつも冷静に口を開いた。


「ナイトローグさん。あなたとヒカリが、どういう関係で、何を目的としているかは、まだ私たちには分かりません」


タマキは、ナイトローグの冷たい瞳を真っ直ぐに見つめた。


「せやけど、今、私たちみんなで排除すべき敵がおる。それが、その『凶暴化』を引き起こしてる集団やろ?」


ナイトローグは、タマキの冷静さと判断力に驚愕した。ヒカリの『愛の重荷』と思っていた彼女が、この緊迫した状況で最も合理的な判断を下したのだ。

タマキは、ナイトローグの沈黙を肯定と見なし、共闘を提案した。


「私たちはあなたの正体を探る。あなたは私たちを守り、ドミニオンを排除する。一時的な共闘や。あなたも、ヒカリを邪魔されたら嫌やろ?」


タマキは、ナイトローグの「ヒカリを覚醒させる」という目的を、トーナメントでの行動から逆算して見抜いていた。


ナイトローグは、仮面の下で冷笑した。

(タマキ……。お前が『愛の鎖』であると同時に、ヒカリの『最強のゴリ押し』を支える魔力供給源であることを忘れていた。そして、この状況で俺を『ヒカリの教育者』として利用しようと判断する知性。厄介な女だ)


彼は刺突剣を納刀し、タマキとヒカリに背を向けた。


「フン。好きにしろ。ただし、俺は貴様らの『兄』ではない。『宿敵』として、この先も非情な教育を続けることを忘れるな」


ナイトローグは再び影の中に消えようとしたが、タマキが最後に声をかけた。


「私たちを監視し、守るつもりやったら、一つ質問に答えて。……あなたは、ほんまにヒカリのお兄ちゃんやないの?」


ナイトローグの影が、一瞬、ぴたりと静止した。

「俺は、お前たちが切り捨てなければならない、過去の『アサクラ・ヒカリ』だ」


その冷徹で、哀しみを帯びた残響だけを残し、ナイトローグはダンジョンの闇の中に完全に姿を消した。ヒカリとタマキは、その言葉の重みに、立ち尽くすしかなかった。


7層出口での最終通告

無限の宝物庫、7層の出口。ドミニオンが凶暴化させたモンスターを全て排除し終えた後、ヒカリとタマキは消耗しきっていた。


「あーあ、疲れたわぁ。あんな変なゴーレムばっかりやなんて、ホンマに何が起きてんのやろな」タマキはそう言いながら、ヒカリの傷を手際よく治癒する。


ヒカリは、回復魔力を浴びながらも、鋭い視線を周囲の闇に向けていた。彼は知っていた。あの男が、まだ近くにいることを。


「ナイトローグ。出てこい。俺たちを監視し続けるなら、さっきの質問に答えろ」


ヒカリの静かな呼びかけに応じ、ナイトローグがダンジョンの壁の影から姿を現した。彼は新たな仮面を外し、冷徹な『アサクラ・ヒカリの顔』を晒した。


「監視ではない。これが、教師からの最後の告別だ」


ナイトローグの瞳には、一切の迷いがない。

「タマキの提案は合理的だった。だが、俺の使命は貴様を守ることではない。貴様を『世界を救う真の刃』へと鍛え上げることだ」


「それが、あんたの言う『ゴリ押し』ってわけね。でも、それが何でウチらの仲を邪魔することになるん?」タマキが腕を組み、鋭く問い返す。


「邪魔ではない。それが儀式だ」


「愛の重荷」と戦闘への甘さ

ナイトローグは一歩踏み出し、ヒカリとタマキを見据えた。彼の声はダンジョンの冷たい空気に響く。


「ヒカリ。トーナメントを経て、貴様とタマキの距離は確実に縮まった。貴様の『居合斬りのゴリ押し』は、タマキという温かい日常を守ることを目的に、『命の核を狙う非情さ』を失いつつある」


タマキの顔から笑みが消え、ヒカリの無表情がわずかに怒りで歪んだ。彼に指摘されたのは、事実だった。トーナメント後のヒカリは、戦場でタマキを死なせないための『防御的なゴリ押し』へとシフトしていた。


「このままでは、貴様は世界を救えない。貴様の『甘さ』こそが、R-74世界線を滅ぼした致命的な病だ」


ナイトローグは、刺突剣をゆっくりと抜き放ち、その切っ先をヒカリの心臓ではなく、タマキに向けた。


「貴様が『愛の重荷』を捨てるまで、俺はお前の宿敵として立ち塞がる。タマキは、貴様の『覚醒』の生贄とする。この女を守るため、貴様は非情さを取り戻す必要がある」


宿敵の宣戦布告

タマキは一瞬息を呑んだが、すぐに怒りの表情に変わった。


「ふざけんといて! ウチはあんたの勝手な儀式のために、ヒカリの『甘さ』の言い訳にされるような存在やない!」


「そうだ、お前は言い訳ではない。最悪を回避する為に存在する防御だ。なんで助けて欲しいって正面から言えないんだよ」


ナイトローグは冷たく言い放つ。

「その言葉こそ甘さの証拠だ!だからこそ、俺はそれを破壊する。貴様が『愛の鎖』を断ち切れないなら、俺がその鎖を非情に切断してやる」


その言葉を最後に、ナイトローグは刺突剣を空へ向け、一閃した。


ヒュン……ザンッ!!


空間に闇色の亀裂が走った。それは彼がこの世界に来た時の時空転移の残響であり、ヒカリへの『宣戦布告のサイン』だった。


「ヒカリ。貴様がタマキを失う『絶望』こそが、貴様を真の刃へと変える唯一の燃料だ。俺が貴様から日常を奪い去り、貴様を『愛なき救世主』へと完成させる」


ナイトローグは、再び影の中に消えた。その場に残されたのは、闇色の亀裂から漏れ出る冷たい魔力と、ヒカリの全身から放たれる、抑えきれない怒りのオーラだけだった。


「ヒカリ……」タマキが心配そうに彼の名を呼ぶ。

ヒカリは納刀を解き、深く低く、初めて感情を露わにした声で呟いた。


「…俺は、タマキさん、貴方を誰にも奪わせない」

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