休憩室での観察



「皆様にお知らせします。先ほどの試合による、第1アリーナの設備損傷が激しいため、修復に時間を要します。次戦は、第2アリーナに移動し、『居合斬りのゴリ押し』アサクラ・ヒカリ対『闇色の刺突剣』ナイトローグの試合を行います!」


アナウンスを聞きながら、ナイトローグは、自身の『覚醒の儀式』の時がついに来たことを知った。アリーナ修復のための休憩時間。この時間こそ、この世界のヒカリの『致命的な隙』を計測する絶好の機会だ。


ナイトローグは、休憩室の隅で目を閉じ、Sランクの集中力を研ぎ澄ましているヒカリの横を通り過ぎた。


(相変わらず、無駄な動きがないな。だが、その『集中』は、戦闘態勢に入っている状況でしか成立しない)


ナイトローグは、音もなくヒカリのすぐ横を通り過ぎる一瞬で、刺突剣の切っ先をヒカリの首筋の頸動脈に合わせる無音の『予行演習』を行った。


(今の殺気で、僅かに『気』が揺れた。だが、動かない。動けば殺されると、本能が察知したか。タマキという『愛の重荷』がなければ、即座に動いていたはずだ)


ヒカリの全身から冷や汗が噴き出すのを、ナイトローグは背中で感じた。


(そうだ、その感覚だ。ジョシュアやメリッサの攻撃は、防御や対応が可能だ。だが、俺の攻撃は、『常に命の核を狙い、対応を許さない』。お前の『ゴリ押しの隙』は、この平和な日常の中にある)


ナイトローグは、出口に向かいながら、この世界のヒカリの脆弱性を正確に把握した。


熱狂と挑発のアリーナ(教育の開始)

第2アリーナ。ヒカリと対峙したナイトローグは、会場の熱狂を『無意味なノイズ』として認識した。彼の目的は、ヒカリの精神にのみ向けられている。


「フン。雑魚は雑魚らしく、おねんねしてろ」


ナイトローグは、あえてヒカリのプライドを傷つける言葉を投げつけた。ヒカリは「お前には、絶対に隙を見せない」と返す。


(いいぞ。その怒りは、俺への敵意へと向けられ、覚醒の火薬となる。しかし、その『絶対に』という言葉が、お前の最大の枷だ)


審判の合図とともに、試合開始。

ヒカリは、5分チャージに入ろうと納刀の準備を始めた。ナイトローグは、この選択こそが、ヒカリの最大の弱点だと確信していた。


(甘い。お前の『フルチャージ』は、最も無防備な5秒間を要求する。その隙は、俺の『神速の暗殺術』が、待つ理由がないと証明してやる!)


ナイトローグは、『隠密加速』で姿を消失させ、ヒカリの喉元を正確に狙った。ヒカリがチャージを放棄し、回転回避で飛び退く。


(悪くない。『愛』に縛られながらも、瞬時の判断は健在か。だが、一瞬の判断ミスで、お前は『ゴリ押し』という最大の武器を失った)


神速の暗殺と、視覚の切断(情報剥奪)

ナイトローグは、ヒカリの回避の軌道、納刀のタメ、その全てを予測し、最も効果的な一撃を放った。ヒカリは瞬動で防御を試みるが、ナイトローグの動きは、ヒカリの思考の裏側を常に先回りしている。


(俺とお前は、根源を同じくする。お前の『居合の起動』は、俺には全て読むことができる!)


チッ!


刺突剣がヒカリの頬をかすめる。それは、致命傷ではない。ナイトローグの目的は殺害ではないからだ。


そして、致命的な一撃。ナイトローグの刺突剣は、ヒカリの側頭部に目眩ましの魔力を帯びて叩き込まれた。


(視界消失。これで、お前の『ゴリ押し』の基礎情報を一つ奪った。さあ、この絶望的な状況を、どう『利用価値』へと変換するか見せろ)


ヒカリが視界を失い体勢を崩したのを見たナイトローグは、攻撃を止めた。ここからが本題だ。


拷問と時間稼ぎの意図(覚醒への強制)

ナイトローグは、物理的な攻撃から精神的な拷問へと切り替えた。


「目が見えないようだな、ヒカリ。これで終わりだ。お前の『居合斬り』は、目で見なければ成り立たない」


(リタイアしろ。潔く敗北し、『愛の鎖』に縋り付いて平和な日常に戻るか?それとも、目の前の屈辱に耐え、『世界の真実』へと目を向けるか?)


しかし、ヒカリは納刀した。これは、「リタイアを拒否する」という静かな意思表示だった。


(フン。『愛』に縛られながら、『諦めない』という『ゴリ押し』だけは健在か。ならば、その耐久力を、最大の試練として利用させてもらう)


ナイトローグは、刺突剣を使わず、殴る、蹴るといった単純な打撃でヒカリを弄んだ。


「まだリタイアしないのか?ヒカリ。そのSランクの集中力も、痛みの前では無意味だ」


(耐えろ。この痛みは、『お前の愛が作り出した隙』の対価だ。そして、この拷問の時間が、お前の『フルチャージ』を可能にする。俺は、お前に時間を稼いでやっているのだ)


ナイトローグは、ヒカリが声の反響と空気の揺れで自分の位置を測り、『5分チャージ』に移行していることを、全て理解していた。彼は、『教師』として、ヒカリのその判断を肯定し、必要な時間を『試練』という形で与えていたのだ。


最後の試練と、使命の達成(相討ち)

チャージタイム:4分58秒。ヒカリの身体は満身創痍だが、魔力は最高潮に達している。


(この5分間の屈辱と痛みがお前の覚悟の対価だ。さあ、愛を捨てていないお前が、どこまで俺に届くか見せてみろ)


ナイトローグは、ヒカリが『フルチャージ回避』という奇策で後ろへ跳ぶことを予測できなかった。彼の「愛の重荷」のせいで、ヒカリの選択肢を読み違えたのだ。


(ッ!この『愛』がお前の行動の乱数となるか!……だが、その一瞬の隙は、俺の心臓を狙うに値する!)


チャージタイム:5分00秒、完了。

ドォオオオオォォォン!!

ヒカリの5分チャージ居合斬りは、ナイトローグの胴体を正確に捉えた。その威力は、ナイトローグの防御と回復力を上回る純粋な破壊力だった。

ナイトローグは、激痛に呻きながら崩れ落ちた。


(……悪くない。完璧な居合斬りだ。お前は『愛の重荷』を背負いながら、俺に相討ちという結果を突きつけた)


意識が遠のく中、ナイトローグは満足していた。彼はこの戦いを通じて、ヒカリを『覚醒の道』へと押し込んだ。


(これで、お前は命の危険と屈辱を知った。タマキという『愛の鎖』が、お前を戦場から引き戻すか、あるいはその鎖を断ち切るか。……俺の使命は、次の段階へと移行する)


ナイトローグは、相討ちで意識を失う直前、自身の役割が『教師』から『真の敵』へと変わったことを理解した。



覚醒と枷

視界が晴れた時、ナイトローグは自分が医療ギルドのベッドにいることを即座に把握した。全身の打撲と、アサクラ・ヒカリの5分チャージ居合斬りを受けた部位の激痛が、『覚醒の儀式』が成功した証だ。


しかし、彼の身体は、起き上がろうとした瞬間、冷たい魔力拘束具に両手両足を固定されていることに気づいた。


「……何のつもりだ」


彼は低い声で尋ねた。この程度の拘束は、本気になれば破壊可能だが、今は状況把握が優先だ。


彼の目の前には、『完璧な盾』ジョシュアと、『爆炎の魔女』メリッサが立っていた。彼らは、ヒカリの『愛の重荷』を象徴する存在だ。


「目を覚ましたか、ナイトローグ。君はギルド内で私闘を企て、ヒカリをルール無視の拷問で攻撃した」


ジョシュアの冷ややかな視線は、倫理とルールの奴隷のそれだった。ナイトローグは内心で嘲笑した。


(ルール? 崩壊する世界に、ルールなど無意味だ。俺が与えたのは『拷問』ではない。『覚醒のきっかけ』だ。ヒカリは、視覚という枷を外すことに成功した。俺の教育は、半分成功した)


予測不能な好奇心

ジョシュアの背後で、メリッサは興奮で目を輝かせている。彼女の純粋すぎる好奇心は、ナイトローグにとってデータ外のノイズだった。


「わー!ナイトローグさん!凄い試合してたから、生の顔見たくて!」


メリッサは、拘束具で抵抗できないナイトローグの顔に手を伸ばした。


(チッ。この『爆炎の魔女』は、好奇心という名の魔力暴走か。最も厄介なパターンだ)


ナイトローグは、この時点で、仮面が剥がされることを予測した。しかし、抵抗はしない。仮面の下の顔を晒すことは、『教師』としての彼の役割を、『真の敵』へと進化させるための次の布石となる。


「ね、ね、仮面取っても良いですか!?」


メリッサは、返事を待たずに、彼の顔を覆うフードを勢いよく捲り上げ、硬質な仮面に手をかけた。


(晒せ。『鏡像(ヒカリ)の顔』を晒すことで、ジョシュアの冷静さとメリッサの狂気、そしてギルドの権威を完全に混乱させる)


鏡像の解放


ペキッ。

仮面が外され、冷徹なヒカリの顔が露わになった。

ジョシュアとメリッサの驚愕と絶句を、ナイトローグはSランクの集中力で正確に観察した。彼らの思考停止と混乱こそが、ナイトローグがこの世界のギルド体制に『亀裂』を入れるための、最初の一歩だ。


「な……馬鹿な……アサクラ・ヒカリが、2人……?」


ジョシュアの動揺は、理性の崩壊を示していた。彼の『防御』は、想定外の事態には極めて脆弱だ。


(理解できないだろう。お前たちには、世界の崩壊も時空の理も、『ルール』の外側だ。俺の存在は、お前たちの常識を、居合斬りのゴリ押しのように一瞬で断ち切る)


ナイトローグは、ヒカリと同じ顔をしたまま、冷徹な瞳で彼らを見つめ返した。


「……フン。これで、俺の素性が少しは分かったか?」


この瞬間、ナイトローグは『闇色の刺客』という虚像を捨て、『アサクラ・ヒカリの鏡像』という真の敵として、この世界に解放された。彼の使命は、ヒカリの愛する日常を破壊するという、次の段階へと移行したのだ。

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