鏡像の挑戦


レベル測定とターゲットの設定

P-25世界に転移したナイトローグは、潜伏場所から慎重に情報を収集していた。彼の持つ端末には、この世界の魔力レベル、主要な勢力図、そして自身(アサクラ・ヒカリ)の現状がデータとして蓄積されていく。


「この世界の魔力濃度は、R-74世界線よりも僅かに低い。だが、『居合斬りのゴリ押し』というスキルは健在か」


端末に表示されたヒカリの現在の冒険者ランクを見た。


「シルバーランク……。これが、この世界のヒカリの現在の限界点。そして、彼の周囲に集まる強者たちのレベルも、このランク帯に集中している」


この世界の目的はヒカリを覚醒させること。そのためにはヒカリが「乗り越えるべき壁」と「愛という重荷がもたらす弱点」を正確に計測する必要があった。


最強の鏡と最弱のリング

ナイトローグは、この世界の『最強』のレベルを測るために、ギルドの最上位層(ゴールド・プラチナ)の情報を分析した。


「ゴールドランク、プラチナランク……彼らは強大だ。だがヒカリが到達していない領域で戦っても、比較対象にはならない」


ナイトローグが知りたいのは、ヒカリが最も影響を受け成長するであろう環境だ。それは、今いる場所シルバーランクだった。


「シルバーランク部門トーナメント。この舞台こそが、タマキという支えを持つヒカリが命を懸けて戦う唯一の場所だ」


トーナメントには、『鋼鉄の盾』ジョシュア、『爆炎の魔女』メリッサ、そして『魔導の歌姫』エリアといった、このランク帯で名を馳せる強敵たちが集結する。


「このシルバーランクこそ、この世界で『愛』と『居合斬り』が混在する、最も脆弱な戦場だ」


挑戦の決意と、偽りの登録

ナイトローグは、自身の暗殺術と刺突剣が、このランク帯の強者にどれだけ通用するかを測る。そして、その戦いを通じてヒカリの弱点を晒し、覚醒のきっかけを作る。


彼は、フードと仮面を深く被り、ギルドの裏口からトーナメント参加の書類を提出した。


「俺の目的は、優勝ではない。アサクラ・ヒカリ、お前を絶望の淵に立たせ、真の力を引き出すことだ」


書類の冒険者名の欄には、『ナイトローグ』とだけ記されていた。


「この世界での最初のゴリ押しは、お前が築いた日常の土台を、その舞台上で破壊することだ」


ナイトローグは、鏡像の教師として、弟ではないもう一人の自分を、世界を救うための非情な道具へと鍛え上げるため、シルバーランク部門トーナメントという最も危険な舞台に、静かに足を踏み入れた。


シルバーランク部門トーナメントへの出場を決めたナイトローグは、『魔導の歌姫』エリアの能力を測るため、ギルドの高級食堂に潜入した。彼は隅の暗がりに座り、隠密スキルを最大限に発動させてエリアの登場を待った。


エリアが歌い始めると、ナイトローグは冷静に魔力干渉レベルを解析する。「レベルA。精神への影響、極めて高い。これは、ヒカリのSランク集中力すら揺るがしかねない……」


その時、ヒカリとタマキが彼の近くに現れた。ヒカリはタマキの隣に立っていたが、その無表情な瞳は、エリアの歌声ではなく、食堂の隅の暗がり――


すなわちナイトローグの潜伏場所へと、警戒心を込めて向けられていた。


(フン。このヒカリは、愛という名の枷をつけながらも、俺の『闇の気配』には敏感か)


挑発に乗らない歌姫

ナイトローグは、ギルドの高級食堂に潜入し、隅の暗がりに座ってエリアの登場を待っていました。彼の耳には、エリアが歌いながら奏でる魔力干渉のレベルが冷静に解析されています。


その時、ヒカリとタマキも彼の近くに現れ、タマキが用意した燻製チーズを楽しんでいました。


エリアが歌い終わった後、ナイトローグは席を立ち、エリアが立つ壇上へと向かいます。彼はフードと仮面を深く被ったまま、低い、感情のない声でエリアに問いかけました。


「お前が、昨年のシルバーランク優勝者か」


エリアは、優雅に燻製チーズを一口食べ終えると、歌を止めました。彼女は全く動揺することなく、顔を上げてナイトローグを見つめます。


「ええ、そうよ。何か御用かしら?わたくしで分かることであれば、丁寧にお答えいたしますわ」


ナイトローグは、エリアの余裕に苛立ちを覚えたように、さらに言葉を続けます。


「トーナメントが始まる。今年のシルバーランク、お前が最強か?」


歌姫の余裕の返答

ヒカリは、ナイトローグのその問いかけに、思わず刀の柄に手をかけました。この男は、自分とエリアをトーナメント前の品定めをしているのです。


ナイトローグの目は、エリアを通り越し、ヒカリの斬鉄の刀を一瞬だけ捉えたようにも見えました。

エリアは、ヒカリの緊張も、ナイトローグの殺気も全て楽しんでいるかのように、美しい笑みを浮かべました。


「フフフ。いきなりのご質問ですわね。でも、お食事中にそのような無粋な話題を振られても困りますわ」


エリアは、優雅に紅茶(タマキが特別にブレンドした薬草茶だ)を一口飲み込んだ後、ナイトローグのフードの奥を見つめて言いました。


「去年のわたくしでしたら、間違いなく『はい』と、自信を持ってお答えしたでしょう」


エリアは、さらに余裕を込めた声で続けます。彼女の声には、一切の魔力の威圧は含まれていませんでした。


「でも、今年は分かりませんわ。だって、今年のシルバーランク部門には、二人の規格外の新人と、わたくしと同じくらい厄介なスピードスター、そしていつ爆発するか分からない天災がいるんですもの」


エリアは、チラリとヒカリと、そしてカウンターで心配そうに見守るタマキを見ました。


「少なくとも、去年のわたくしが、今の彼ら全員を相手に優勝できるかどうかは、非常に怪しいでしょうね。あなたもそうは思いませんか? 『ナイトローグ』」


エリアは、相手のコードネームを敢えて声に出して呼び、彼の実力を認めつつも、その冷静な余裕と謙虚さで場を支配しました。


ナイトローグは、答えを聞き終えると、彼の予想したような『覚醒の火種』が得られなかったことに、内心で『チッ』と舌打ちしました。彼の目的は、エリアの『最強の自信』を打ち砕くことでしたが、彼女の『冷静な客観性』という予想外の防御に、最初の挑発は失敗に終わったようでした。


ナイトローグの挑戦と抜剣

ナイトローグが調理ギルドの出口に数歩進んだその瞬間、彼は立ち止まりました。そして、ヒカリとエリアに向き直り、フードの奥から冷たい声が響きました。


「トーナメントを待つ必要はない。最強の座は、今ここで決める」


カチャリ。

ナイトローグは、腰に差していた闇色の刺突剣を、僅かに鞘から引き抜きました。その切っ先が放つ一筋の冷光が、調理ギルドの暖かい空間を一気に凍てつかせました。彼は、冷静なエリアの態度を『偽りの余裕』と断じ、実戦でヒカリの『愛の重荷』を揺さぶる方が効率的だと判断を切り替えたのです。


ヒカリはすぐに斬鉄の刀の柄に手をかけました。戦闘が始まります。タマキはカウンターの奥で、不安と緊張からヒカリの名を呼ぶこともできませんでした。


その緊迫した瞬間、調理ギルドの奥、テラス席に座っていた人影が勢いよく立ち上がりました。


「待て!そこで武器を構えるのはやめろ!」


現れたのは、「鋼鉄の盾」ジョシュアでした。彼もまた、タマキの料理を食べに来ていたらしく彼の体からは、既に強固な防御魔力が放出されています。


最強たちの介入と、興醒め

次の瞬間、食堂のあちこちから複数のSランク級の気配が同時に炸裂した。


まず、『完璧な盾』ジョシュアが、タマキとヒカリの間に割り込み、鋼鉄の防御障壁をナイトローグに向けて展開した。


「ギルド内で私闘はルール違反だ!退け、闇色の男!その剣を抜けば、私も容赦しない。貴様のようなルール無用の無法者は、ここで処分する!」


最強たちの介入と、興醒め

次の瞬間、食堂のあちこちから複数の Sランク級の気配が同時に炸裂した。


まず、『完璧な盾』ジョシュアが、タマキとヒカリの間に割り込み、鋼鉄の防御障壁をナイトローグに向けて展開した。



そして、ギルドの『師範』ルークが、威圧的な魔力を込めた声で、二人の間に割って入った。


「全員動くな! 私闘は厳禁だ!」


ルーク師範が真っ先に最前線に立ち、その巨体でジョシュアとナイトローグの間を完全に遮った。ルーク師範は、事前にタマキから「ナイトローグとエリアが対峙している」という緊急連絡を受け、リーネとエリスを連れて駆けつけたのだ。


ルークの背後には、リーネが弓を、エリスが杖を構え、いつでも魔法が放てる臨戦態勢で構えていた。



ナイトローグは、刺突剣を抜く直前で動きを止めた。彼の瞳は、ジョシュアの強固な防御、リーネの鋭い殺気、そしてルークの絶対的な権威を、一瞬で分析した。


だが、彼の表情に浮かんだのは、冷笑だった。

「…チッ。所詮、この世界の『最強』は、『ルールの奴隷』か」


ナイトローグは、戦闘に至らない状況に心底興醒めした。彼は、ルールの枷に縛られた強者たちとの戦いに、ヒカリを覚醒させる価値を見出せなかった。

「この程度の強者に守られている限り、ヒカリ、お前は本物の闇に届かない」


ナイトローグは、エリアの怒りとヒカリの警戒という『覚醒の火種』だけを残し、瞬動にも似た速さで、闇色の残響のように食堂から姿を消した。

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