第4話 チンピラ冒険者のお仕事


 俺たち三人――ドルゴ、バロス、ジャックの仕事は、この街のギルドから密かに依頼されている新人潰しである。


 少しグレーな内容なので、もちろん正式な依頼票なんざ存在しない。


 これはあまり知られていないのだが、ギルドが新人に「この依頼を受けないでください」と正面から言うのは規約で禁止されている。


 その理由は成長を妨げないようにとかなんとか色々とあるらしいが、俺達からすれば命あっての冒険だ。何が成長だよ馬鹿じゃねぇのかと思う。


 まあ、だからこうして、俺たちのような見た目が悪い冒険者が、調子に乗った新人を止める役目を負っているわけだ。


 ギルド内では手は出さない。


 やることは簡単だ。外に誘導して、その先で「ちょっと教育」して、無謀な依頼を諦めさせるのが仕事だ。


 普段は暴れないように手加減して殴り、

 「やっぱり無理っす……」

 と言わせればそれで終わりの簡単な仕事である。


 乱暴と言われるかもしれないが、こうでもしないと馬鹿は止まらない。


 ギルドから回復薬は出すし、怪我をさせた俺達が違約金は払ったということになっているので新人側の負担は時間だけ…


 ……のはずだった。


「おい、ミラが合図してるぞ」


 バロスが顎で受付嬢を示した。


 さり気なく片手を机を二度叩く――それが“止めてこい”のサインだ。


「今日登録した新人かぁ?」

「全部に丸付けたって話のアホって話だぜ」

「よし、行くか」


 俺たちは普段通り、ギルド出口へ向かう新人に絡み、外へと誘導した。


 ◇


 ギルド裏の路地に連れてくると、案の定へらへらした顔でこっちを見ている。


 おいおい、本気でグレイターボアの討伐に行くつもりか?


 無謀にもほどがある。腰に差した剣もどこにでもあるようななまくら、革どころか、防具もまともにしていないくたびれたシャツとズボン。


 まるで近所に散歩にでも来たというような装備に笑うどころか呆れてしまう。


「じゃあ、新人教育だ。殴られても泣くなよ?」


 いつも通りの軽い脅し。


 本気で殴る気なんてさらさらねぇ。


 腕を振り上げ――


 その瞬間だった。


「遅い」


 軽く振られた手。


 風が通ったと思った次の瞬間、俺の身体は後ろに吹っ飛び、石壁にめり込んでいた。


「ぐぅっ……!?が、壁……?」


 何が起きたかわからねぇ。


 視界が揺れ、意識が途切れる前、バロスとジャックも同じように、意識を刈り取られていた。


 ……は?え?いや、待て、何だ今の?わけが…


 そんな混乱を抱えたまま、俺たちはそこで意識を失った。


  ◇


 目が覚めたのは数十分後だった。


 視界がぼやけ、頭がまだ回らん。


 だが、ギルド職員たちのざわつく声でだいぶ状況が理解できた。


「黒ローブが……」

「また現れたのか……!」


 黒ローブ?


 誰だそりゃ。


「おい……お前ら、大丈夫か!?」

「B級冒険者が気絶なんて……」

「災難だったな、仕事の最中にまさか誤解で気絶させられるなんてよ」


 俺たちは慌てて身を起こした。


 何を馬鹿な…俺はあの新人にぶっ飛ばされて…


 そう言おうとするが、それよりも先に周りに説明を受ける。


 どうやら、新人が言ったらしい。黒いローブに仮面の、得体の知れないヤツが突然現れ、俺たちを瞬殺した、と。


 もちろんそんなやついなかった。


 俺と同じく周囲のざわめきで目覚めた二人と目を合わせ、俺たちは同時に気付く。


(あの新人……自分で倒したってバレるのを避けるために……?)


 新人が言い訳で言ったらしい黒ローブ。


 それをギルドは勝手に“噂の謎英雄”と結びつけて盛り上がっている。


 俺達は俺達を気絶させたのが前に誰かを知っているのだが…この状況、乗るしかねぇ。


 なぜかって?そりゃ、仕事を失わないために決まってる。


 登録したばかりのE級に負けたと知られれば、B級としての立場もそうだし、この上手い仕事を回されなくなる可能性もあるのだ。そうなればこの楽な生活を手放さなければならなくなってしまう。それだけは避けたい!


「そ、そうだ……黒ローブだ……!」

「後ろから来て……気づいたら……」

「すげぇ強さで……マジでやべぇ……!」


 俺の意図に気づいているようで、他の二人もそう口を開く。言ってることは全部嘘だが、現実味はある。


 実際、俺らでは到底理解できない動きで吹っ飛ばされたのは事実なのだ。


 ギルド職員は目を見開き、すぐに記録係を呼び寄せた。


「黒ローブが市街に……!S級パーティの熾之乙女への報告も急げ!!」


 よし、これなら俺らへの責任もなしだろう。完璧だ。そう思っていたのだが…


「おい」


 ギルドを出て、自分たちの宿泊している宿に戻る途中だった。


 背中に、ひやりとした声が落ちる。


 振り返ると、あの新人がいた。


 笑顔。だが目だけが笑ってねぇ。


 そして――背筋が凍るほどの殺気。


 新人狩りの仕事で鈍ってるといえど、B級として一時期は冒険者の中でも尊敬されていたくらいの実力はある。そんな俺達を、恐怖で立ち止まらせるほどの濃密な殺気であった。


「……俺のこと、話した?」


 腰が抜けるかと思った。


 殺される。


 話しかけられただけで、その確信が背骨を掴んだ。


「ひ、ひぃっ、も、ももちろん話してねぇ!」

「おれたちは何も言ってねぇ!!」

「絡んだことは謝る、許してくれ!!」


 誇り高きB級冒険者が、涙目で深々と頭を下げる。


 そして、三人は逃げるように自分の宿へと走った。


「え?なんでそんなビビって…」


 一方新人は、三人が自分の武勇伝を広めてくれたかを聞きに来ただけなのだが…


 新人の本心に、三人は気づくことはなかった。

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