第3話 冒険者ギルド


 街に入って最初に目についた大きな建物、それがこの街の冒険者ギルドだった。


 石造りの壁に巨大な看板。扉の向こうからは賑やかな声が漏れている。


 まさに、俺のイメージする冒険者ギルドそのものだ。


「よし……ここから俺の第二の人生が始まる!」


 気合いを入れて扉を押し開けると、居酒屋みたいな喧騒が耳に流れ込んできた。


 何やら依頼書片手に話をする武装した冒険者たち、依頼票を貼り替える職員、昼間から酒を片手に笑っている男たち。その光景に胸が高鳴る。


 受付へ向かうと、栗色の髪を二つに束ねた女性が笑顔で迎えてくれた。


「ようこそ、ご登録ですか?それともご依頼でしょうか?」

「あっ、登録で…」

「冒険者登録ですね?お名前と、ご職能欄にできることだけ丸印をお願いします」

「あ、はい」

「……え?」


 差し出された職能欄は、剣術、槍術、弓術、魔法、治癒、罠解除……と細かく分かれている。


 スミスは迷わず〇をつけた。


 鍛冶や調合などの項目もあったが、何年か前に村にいるのが暇でそういったことにもチャレンジ済みだ。プロとまでは行かないが、ある程度ならできる。


「す、すべて……!?ほ、本当ですか?」

「えぇ、まぁ。大体…?」

「その、こちらでできるかどうかは確かめませんが、もし依頼を受けてできませんとなると、違約金が必要に…」

「ははっ、大丈夫ですよ」


 受付嬢は苦笑しながら用紙を受け取った。そんな彼女の驚いた声が聞こえたのか、周囲の冒険者たちがざわつく。


「あいつ全部に丸したのか?」

「新人で全部できるとか、どこの英雄様だよ」

「イキってんなぁ……」


 そんな耳に入るささやきも気にせず、スミスは堂々と胸を張る。


 実際できるのだから遠慮は必要ない。


 むしろ、ここから彼らの度肝を抜くのが楽しみだ。


「では、スミスさん。今日から冒険者として活動できます。初期等級はEですが、依頼をこなせばすぐ上がりますよ」

「ありがとうございます」


 ギルドカードを受け取ったスミスは、早速依頼掲示板へ向かった。


 そこには剥がされた跡が無数に残る板に、色とりどりの依頼票がびっしり貼られている。


 色で難易度がわけられているようで、E〜Dは緑色、C〜Bは青、そしてA〜Sが赤色となっている。


 周囲の冒険者はどうやらE〜Dが多いのか初心者向けの緑の「薬草採取」「荷物運び」などの依頼を見ているが……


「ここはやっぱり討伐依頼だろ」


 スミスが手に取ったのは、青色のグレイターボアを三頭討伐せよという依頼。


 どうやらこういったランクの一つ二つ上の依頼も受けられるみたいだ。


 街の外れに縄張りを作っている凶暴な魔獣らしい。依頼書が古くなっていたので、慈善活動も兼ねてこれが良さそうだ。


 周囲の空気がすっと冷えた。


「……おい、新人があれ取ったぞ」

「ん?あぁ、例のゴミ依頼じゃねぇーか。報酬は低いくせにつえーんだよあの猪」

「バカかじゃねぇか。死ぬ死ぬ」

「誰か教えてやれよ」

「はぁ?誰があんな全部に丸つける馬鹿に教えてやるかよ」

「よく見りゃいい服着てるしどっかのボンボンだろうさ。痛い目見て世の中の厳しさってもんを知りやがれ」


 くすくすと笑い声が後ろで広がったが、スミスは気にしない。


「これで一気に実力を見せるチャンスだ」


 受付に依頼票を持っていくと、彼女は目を丸くした。


「こ、これを……?本当に?」

「はい」

「もし何かあった場合、当ギルドは責任を負いませんが……」

「はい」

「……はぁ…お気をつけて」


 言葉とは裏腹に、絶対無理だと思っている顔だった。へへ、今からその顔が驚きに変わるのが楽しみだぜ…


 そうしてスミスはギルドを出ようとしたそのときだった。


「おい、ちょっと待てよ新人」


 背後から粗い声がした。振り返ると、革鎧を着た三人の冒険者が立っていた。

 明らかにスミスを舐めている表情だ。


「お前さぁ、さっきから見てりゃ調子乗ってんじゃねぇか?」

「今から行くの、B級の討伐依頼だろ?受けれるからって無茶するガキってのは多いからなぁ!お前みたいなヒョロが死ぬだけだぜ?」

「一回外でレクチャーしてやるよ」


 ニヤついた顔でギルドの外へ手招きする。


 おや、これは…


(主人公がガラの悪い奴らに絡まれる定番イベント!リアルにあるとちょっと面倒くさいが……でも、強さを示すチャンスだ。ここはいっちょ遊んでやりますか)


 そう思ってついていくと、ギルド裏の薄暗い路地へ連れていかれた。


 そこは人通りが少なく、建物の隙間から薄い光が差し込むだけ。


 3人の冒険者がふてぶてしくスミスを囲んだ。


 右からデブ、ガリ、チビと行った見た目だ。いかにもチンピラですよと言わんばかりの見た目で少し笑ってしまいそうだ。


「じゃあ、新人教育ってやつだ。殴られても泣くなよ?」

「いや、教育なら普通に言葉で教えてよ」


 スミスの物言いに一瞬驚いたあと、男たちがクククと笑った。


「安心しろよ。事故扱いにしてやるからよ!」

「ぶっ倒れても誰も文句言わねーよ、ここならな!」


 ——次の瞬間、男の拳がスミスの顔面へ振り下ろされた。


 が。


「遅い」


 スミスが手を軽く振ると、拳を出した男は一直線に後方へ吹っ飛び、壁にめり込んだ。


「なっ……!?」

「お、お前……何者——」


 二人が動く前に、スミスは地面を蹴った。


 影のような速さで距離を詰め、二人の腹と顎に同時に拳を打ち込む。


「ぐはっ!」

「ばっ……ばけもんが!」


 三人は数秒で地面に転がり、気絶した。弱い。流石に弱すぎる。先輩冒険者かと思ったが、どうやら同じE級だったようだ。大方、目立った俺をストレス解消にリンチしようとしたのだろう。なんて治安の悪い…


 そのとき——。


「大丈夫ですか!?悲鳴が聞こえて……!」


 ギルドから職員や冒険者数名が駆けつけてきた。


「なぁっ!?B級の三人が気絶して…」


 しまった、とスミスは思った。


(やばい……これ、やっぱり俺がやったって言ったら捕まる系?異世界って過剰防衛どうなってんの!?)


 焦りながら、咄嗟に言い訳を考える。


「あ、あの、と、突然……黒いローブの……顔を隠した……人が……」


 誰かに罪をなすりつけよう、でも、ほんとにいる人はまずいよな…そんなことを考えていると、例の噂の姿が思わず口に出る。これなら一応正体は俺だし冤罪も…


 だが、途中で俺は口を閉じた。


(まてよ、俺がやりましたって言えば、実力を示せる……よな?)


 一瞬の迷いが生まれた。


 やっぱり俺がやりました、そうスミスが言い直そうと口を開いた、その瞬間。


「黒ローブ!?あの噂の謎英雄か!?」

「昨日S級パーティを助けたあの!?」

「また現れたのか!」

「本当にこの街にいるのか!!」


 あっという間に人だかりができ、スミスの言葉はかき消された。


「いや、あの俺が——」

「新人の兄ちゃん、英雄に助けられたのか! 運がいいな!」

「命拾いしたな!」

「あの人に助けられるなんて羨ましい!」


 スミスは心の中で叫んだ。


(ここで俺ですとは言えねぇぇだろぉぉぉぉ!!)

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