第1ー2話 果ての世界。ケンジ、防波堤と心療内科
女はいつもより(時間が支配する空間)に入ることが難しいと感じた。おまけに最近は、こっちとの境目が曖昧になっている。
「なんだか、空がとても重い。」
何度か飛んでみようと試みたが、どの場所も波動が重くて飛ぶのに一苦労だった。仕方なく、この世界にある一番巨大なオブジェへ向かう。ここは別次元へと通じやすいといわれていた。
女は、その巨大なアーチにいくと、上を見あげる。どうしてこのアーチがここにあるのか。と初めて考えてみた。だが誰も答えなど知る由もない。 アーチをくぐりぬけると高台がある。女は頂上にいくと、そこから再び飛び立ってみた。だが、あっという間に地に足がついてしまった。
「ふう、なんでこんなに重たいんだろ?」
女はそう言いながら高台を見あげると黄色い鳥がやってくるのが見えた。どうやらインコのようだ。女はインコが近くに来ると手を伸ばした。鳥は嬉しそうに女の手のひらに乗る。
「あの玉は私の主人です」
「それなら話が早いね。助けてくれない? 向こう側へ行きたいの」
「お任せを」インコは勢いよく飛びあがると霧の中を回遊する。しばらくするとうっすらと霧が晴れてきた。するとさっきよりも楽に空を飛ぶことができた。
「さすがだね」
そう女が言うと、インコはピピピと囀る。そのまま二人で空を飛んだ。
決壊はなんとか超えられたが、なんという寒さだろう。風も強く吹いていて体は吹き飛ばされそうだった。</p>
インコはある場所を目がけて降下していったので、女もそれにつづいた。霧が晴れネオンが点滅する街の明かりが空から見える。ひとつ、大きく光を放つ場所があった。
「ふーん、あそこに主の器があるのね」
「そうです」
女は猛スピードで降下していった。白い建物がある。インコが追いついているかチラリと見たが、心配は無用だった。しっかりと女の後ろ髪にしがみついている。
「こっち側は、なかなかけっこうな恐怖の念が広がっているね。こんなにひどかったっけ」
そのつぶやきを聞いてインコが首をかしげた。二人は建物のそばに降り立った。
「あの建物です」
目指す場所に着くと、インコは女からそっと離れて宙を舞う。うっそうとした森林が周囲をおおい、あたりには誰もいない。
「あたしのいる場所とそう変わらない辺鄙さだ。でも、薬草は多いね」
近くのヨモギを摘むと自分の腕にあてる。ヨモギは一瞬光を放ち、すぐに腕の血がとまった。空の冷たさに皮膚がやぶけたのだ。傷がふさがると、あらためて建物を見た。上の階に玉と同じ波動を感じる。
「あんたのご主人は、ここに暮らしてるのかな」
「ココは人間が治癒する場所のようです」とインコはいう。「詳しいことは、ちょっと」
「そっか、じゃあいってみようか」
中に入ってみる。どうやら(時間が支配する場所)は夜中のようだ。シンとしているが、巡回する人間が何人かいた。女は玉の光と同じ波動を感じる部屋に入っていった。八番という札がついている。部屋に入るとベッドがあり、そこに男が横たわっていた。すぐこの男が玉の主だとわかった。
「ずいぶん眠りこんでいるみたいだね」とインコに言うと、インコは小さくさえずった。男の額に手をかざしてみた。生命力が強い。男の最後の日が見えてくる。かなり疲労をしているにも関わらず巨大な建物で仕事をしていたようだ。急に心臓に違和感をおぼえ、そのまま倒れたようだ。
さらに男の中をのぞく。魂はココに居たがっていた。だから玉はあんなにも光り輝いているのかーー
「ひょっとして、アンタが身代わりになったの?」
「そんなつもりはありませんでした」そうインコはいう。「でも、ご家族の想いがとても強くて辛そうなので、私の心臓を差し上げることになったのかもしれません」
それを聞いて、彼女はインコを手のひらで包んだ。そして男の額に手を当てる。しばらくの間ずっとそうしていたが、やがて手を離す。
「また来るよ」女がそういうとインコは嬉しそうに部屋の中を飛びまわった。
* * *
「同じ夢なの、しかも悪夢を?」
ケンジが夢の話を打ち明けた晩、案の定母はそう言って眉をよせた。そして、ケンジにとっては一番いやな結果になった。念のためといって心療内科に予約を入れたからだ。
初診では、医者はケンジに色々な質問を浴びせた。
「寝つきはいいの?」
「心配事はある? 」
「食欲は?」
スーツ姿の医者はこんな質問を浴びせてきた。どうでもいい質問だなと思いながら、ケンジは正直にこたえる。
「夢というのは、どんな夢なの」
「ええと、海岸にいます」</p>
「うんうん、それで」
「なんていうか……。夢の中の海はいつも天気が悪いんです」
「快晴じゃないんだね。ところでケンジ君は海水浴は好き?」
「うーん。別に嫌いじゃないけど」
「台風の前に海岸に出かけたり、海水浴場でおぼれた事とかあるのかな」
彼は母親とチラッと顔を見て、すぐ首を横に振る。するとすぐ医者は質問をかえた。
「睡眠時間だけど。平均でどのくらい?」
「六時間くらい」
「ほう。小学生としてはすこーし足りないかな」
スーツ姿の医者はそうブツブツいいながらキーボードをたたく。すかさず母親は「最新作のゲームに夢中になっているんです」と突っこむと、急に医者は目を輝かせた。
「最新のゲームね。うちの息子も大好きだよ。でもね、ああいうゲームをした後は、脳が興奮してなかなか寝つけなくなるからねぇ」
結局、悪夢の原因は「最新ゲーム、長時間作業による脳内疲労」になり、軽い睡眠導入剤を処方されて診察は終わった。
「ゲームは絶対あると思うわ」
母はそう言いながら食卓に皿を並べた。その横でケンジは頬づえをつきながら教科書をパラパラとめくる。
「お兄ちゃんね、悪い夢をみるんだって」
食卓の椅子に座ったユウに母がそう言ったので、ケンジは母をにらみつけた。
「へえ、どんな夢なの」
「海岸沿いで雨がふったり。大波がきたりとか」
「くり返して見るんでしょ。そういうゲームのやりすぎなんじゃない」と母は横やりを入れたので、ケンジは無視したまま、みそ汁を飲む。
「あたしの夢も悪夢かな。くり返して見るんだけど」
「え、ユウも」
「うん。遠くから誰かが呼んでるの。でも誰もいないから、すぐ終わっちゃう」
「なんだ」
そう母は留飲を下げると兄妹に向かって「とにかく二人とも生活の見直し。とくに寝る前ね。これからはテレビも一時間でおわり」と言う。
「ちょっと、ひどいよ」
「ええ、やだ」
二人がそう同時に叫んだが、母は立ちあがると「さあ、ケンジは寝る前にこれね」と言い、医者からの処方をポンッと目の前に置く。そして、食べ終わったばかりの食器を片づけを始めた。
「お父さんは遠くにいるの。お仕事でね」
桜が散り始めた去年の春、母は突然兄妹にそう告げた。
ケンジと父は仲が良かった。週末はキャッチボールをし釣りや映画にもよく行っていた。父がいなくなってからのケンジは時間を持てあまし、壁にむかってキャッチボールばかりしていた。
ユウは父の事を何も聞かず、ただアニメを見たり、物思いにふけるようになる。母はそんな二人をねぎらうように明るくふる舞った。だがケンジにとって、その様子はときに煩わしく悲しかった。
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