能動的死の不在と受動的死の独立性について
北宮世都
レール
能動的死はあるだろうか?
死には二種類あるのではないか?「能動的死」と「受動的死」がある。
これが私の最初の問いに対する回答だった。
この素朴な分類は一見自明に思える。受動的死を「運命悲劇または性格悲劇による、自分の意志ではない死」と定義するならば、その対概念としての能動的死は「自分の意志で死を選ぶこと」となるはずだ。
そして自殺こそが、その典型例であるかに見える。
しかし、ここに根本的な疑問が生じた。自殺は本当に能動的死なのだろうか?と。
自殺には様々な形態がある。しかし、それらはいずれも性格悲劇または運命悲劇による環境の変化が理由に起因している。いじめ、経済的困窮、精神疾患、人間関係の破綻――これらはすべて、本人の意志とは独立に存在する環境的要因である。
言い換えれば、自殺において人を殺すのは本人ではなく環境である。自殺者は自らの手で死を実行するが、その選択肢を提示し、その選択へと追い込んだのは環境なのだ。したがって自殺もまた、自分の意志ではない死、すなわち受動的死に分類されるべきではないか。
では、真に能動的な死は存在するのだろうか。
能動的死が成立するためには、環境から独立した純粋な自己意志による死の選択が必要である。しかし、これは可能だろうか。
たとえ熟慮された死であっても、その熟慮を可能にする思考様式自体が過去の経験や遺伝的要因に影響されている。信念や価値観に基づく死の選択であっても、その信念や価値観は環境によって形成されたものだ。複数の選択肢を検討した末の決断であっても、死という選択肢が提示される状況そのものが環境に起因している。
結論として、いかなる死も環境による死である。死の選択過程において、思考や選択が環境から独立することはない。したがって、能動的死は存在しない。
ここで新たな問いが生まれる。受動的死の対義語は他に存在するのか、それとも受動的死という概念が独立しており、対義語に当たる定義が存在しないのか。
答えは後者である。受動的死は対義語を持たない独立概念なのだ。
なぜなら、すべての死は受動的であるからだ。「受動的でない死」は空集合であり、したがって対義語を設定することができない。この意味において、「受動的死」という表現は実質的に「死」そのものと同義である。これは死の本質を表す記述的概念であり、分類のための対比概念ではない。
これは「重力による落下」という表現に類似している。すべての落下は重力によるものであるから、「重力的落下」の対義語としての「非重力的落下」は(特殊な文脈を除けば)存在しない。同様に、すべての死は環境によるものであるから、「受動的死」の対義語は存在しないのだ。
ただし、哲学的分析や実践的議論のために、あえて対概念を設定することは可能である。それは「自律的死」または「反省的死」と呼びうる概念だ。
これは客観的には環境に決定されているが、主観的には自己決定として経験される死を指す。本人が複数の選択肢を意識的に検討したと感じ、自己の価値観に基づいて決断したという主観的経験がある場合、それを「より自律的な死」と呼ぶことができる。
しかし重要なのは、これは存在論的な区別ではなく現象学的な区別であるということだ。「自律的死」は環境から独立した死ではなく、あくまで主観的経験の質の違いを示す概念に過ぎない。これは本質的な対立概念というよりも、連続体上の異なる位置を示すものである。
この区別が意味を持つのは、倫理的判断や実践的介入(例えば自殺予防)において、主観的経験の質が重要な役割を果たすからだ。しかしそれは、能動的死の実在を証明するものではない。
私の結論では能動的死などは存在しない。すべての死は環境に起因する受動的死である。したがって、受動的死は対義語を持たない独立概念であり、「受動的死」という表現は本質的に「死」そのものを意味する冗長な記述である。
この結論は、自由意志と決定論という古典的な哲学問題の一側面を示している。人間の選択は、いかに熟慮されたものであっても、先行する環境条件から独立することはできない。死という最も個人的に見える選択においてさえ、私たちは環境の受動的な産物なのである。
ただし、主観的経験のレベルでは「より反省的な死」と「より衝動的な死」という程度の違いを区別することには実用的価値がある。これは存在論的真理ではなく、人間的実践の領域における有用な概念装置として理解されるべきである。
死の哲学は、結局のところ自由の哲学である。そして自由が幻想であるならば、能動的死もまた幻想なのだ。
能動的死の不在と受動的死の独立性について 北宮世都 @setokitamiya
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