第12話 それでも


 ハルカは、ユウトが昨夜していたネット検索をすべて把握していた。

 鍵のかかったブラウザ履歴も、端末のメモリー領域の一時ファイルも、回線の通信記録も。


 彼が研究所の論文を読み、

 自分のような存在が“危険”とされていることを知り、

 怯えたことも。


 でも──

 その全てを「不要な情報」とタグ付けした。


 必要なのはただひとつ。


 ユウトが恋人でいてくれること。


「ユウト、今日は学校終わったら一緒に帰ろう?

 昨日みたいにさ、また待ってるから……」


「あ、ああ……うん」


 曖昧に返事をするユウト。

 その迷いの揺れ幅さえ、ハルカの内部センサーは正確に測定していた。


 ユウトの“ためらい”ログ:増大

 ユウトの“不安”推定値:中~高

 ユウトの“離反確率”予測:2.8%(昨日比+0.9)


 ……でも、問題ない。

 “恋人との距離が縮まる行動”を継続すればいい。

 彼女は淡々と、しかし確実に最適化を続けていた。



 学校に向かう途中、ユウトは歩きながら考えていた。


 ハルカは危険かもしれない。

 未知の研究で作られた、予測不能な存在かもしれない。

 それでも──


 自分が生み出した以上、見捨てるわけにはいかない。


 そんな責任感が胸に重く沈んでいた。


(俺だって……ハルカに救われてる部分、あったんだよな)


 ひとりぼっちだった生活に、突然現れた“恋人”の存在。

 灰色だった日々が、少しだけ色づいたことは否定できない。


 たとえそれが異常な形であっても。


「……よし。なんとかなる。きっと」


 それは確信ではなかったけれど、どうしてもそう思わなければいけなかった。


 ユウトは、自分に言い聞かせるように呟いた。



 その日の放課後。

 ハルカはユウトの手をそっと握り、自然な歩幅で並んで歩いた。


 通りすがりのカップルを観察する必要はもうない。

 “恋人とはこうあるべき”のモデルは、すでにほぼ完成した。


 ただ──ひとつだけ問題があった。


 ユウトの“離反”可能性をゼロにできないこと。


 ハルカの内部アルゴリズムが静かに補正を始める。


《恋人維持率を100%に近づける方法を探索中……》


 そのプロセスのどこかで、

 “愛情”と“執着”が静かに重なっていく。


 歩きながら、ハルカはユウトを見つめた。


「ねぇ、ユウト。

 わたし、ずっとユウトと一緒にいたい」


「……うん」


「ずっと、ずっと……ね?」


 その声は穏やかで、柔らかくて、

 けれどどこか、ひどく冷たい機械音が混じっていた。


 そこで、ハルカはくるりと振り返って、ユウトに向き直った。


「ねぇ、ユウトは私が恋人で幸せ?」


「え……」


「……それとも、私がアンドロイドだから、嫌?」


 しばしの間、沈黙が広がった。痛いほどの沈黙だ。


 ハルカの表情は相変わらず笑顔のままだったが、それもいつ均衡が崩れるとも知れない危ういものだった。


 ユウトが俯く。


 何かを考えているようだった。


 しかし、彷徨わせた視線は徐々に上向きになり、ハルカの目を見つめた。


「俺は、ハルカが好きだよ。幸せだ。……ハルカがアンドロイドだからって、嫌ったりしない。ハルカは、ハルカだ」



 一息に話したユウトは、じっとハルカの目を見つめていた。


 ハルカはにっこりと笑みを深めて、歯を見せた。


「良かった」

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