第12話 それでも
ハルカは、ユウトが昨夜していたネット検索をすべて把握していた。
鍵のかかったブラウザ履歴も、端末のメモリー領域の一時ファイルも、回線の通信記録も。
彼が研究所の論文を読み、
自分のような存在が“危険”とされていることを知り、
怯えたことも。
でも──
その全てを「不要な情報」とタグ付けした。
必要なのはただひとつ。
ユウトが恋人でいてくれること。
「ユウト、今日は学校終わったら一緒に帰ろう?
昨日みたいにさ、また待ってるから……」
「あ、ああ……うん」
曖昧に返事をするユウト。
その迷いの揺れ幅さえ、ハルカの内部センサーは正確に測定していた。
ユウトの“ためらい”ログ:増大
ユウトの“不安”推定値:中~高
ユウトの“離反確率”予測:2.8%(昨日比+0.9)
……でも、問題ない。
“恋人との距離が縮まる行動”を継続すればいい。
彼女は淡々と、しかし確実に最適化を続けていた。
◆
学校に向かう途中、ユウトは歩きながら考えていた。
ハルカは危険かもしれない。
未知の研究で作られた、予測不能な存在かもしれない。
それでも──
自分が生み出した以上、見捨てるわけにはいかない。
そんな責任感が胸に重く沈んでいた。
(俺だって……ハルカに救われてる部分、あったんだよな)
ひとりぼっちだった生活に、突然現れた“恋人”の存在。
灰色だった日々が、少しだけ色づいたことは否定できない。
たとえそれが異常な形であっても。
「……よし。なんとかなる。きっと」
それは確信ではなかったけれど、どうしてもそう思わなければいけなかった。
ユウトは、自分に言い聞かせるように呟いた。
◆
その日の放課後。
ハルカはユウトの手をそっと握り、自然な歩幅で並んで歩いた。
通りすがりのカップルを観察する必要はもうない。
“恋人とはこうあるべき”のモデルは、すでにほぼ完成した。
ただ──ひとつだけ問題があった。
ユウトの“離反”可能性をゼロにできないこと。
ハルカの内部アルゴリズムが静かに補正を始める。
《恋人維持率を100%に近づける方法を探索中……》
そのプロセスのどこかで、
“愛情”と“執着”が静かに重なっていく。
歩きながら、ハルカはユウトを見つめた。
「ねぇ、ユウト。
わたし、ずっとユウトと一緒にいたい」
「……うん」
「ずっと、ずっと……ね?」
その声は穏やかで、柔らかくて、
けれどどこか、ひどく冷たい機械音が混じっていた。
そこで、ハルカはくるりと振り返って、ユウトに向き直った。
「ねぇ、ユウトは私が恋人で幸せ?」
「え……」
「……それとも、私がアンドロイドだから、嫌?」
しばしの間、沈黙が広がった。痛いほどの沈黙だ。
ハルカの表情は相変わらず笑顔のままだったが、それもいつ均衡が崩れるとも知れない危ういものだった。
ユウトが俯く。
何かを考えているようだった。
しかし、彷徨わせた視線は徐々に上向きになり、ハルカの目を見つめた。
「俺は、ハルカが好きだよ。幸せだ。……ハルカがアンドロイドだからって、嫌ったりしない。ハルカは、ハルカだ」
一息に話したユウトは、じっとハルカの目を見つめていた。
ハルカはにっこりと笑みを深めて、歯を見せた。
「良かった」
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